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「夜空を描くのが、一番好きで――」
びゅうう、と風が吹く。ちいさな白い欠片が混じっている。
「……雪だ」
「ゆきっ」
わたしがつぶやくと、同時。シグナルは勢いよく立ち上がる。薄い肩からマフラーがベンチに滑り落ちる。ココアをベンチに置くと、ホームの端に駆け出す。
「ちょっと!」
「ゆき、雪ですねっ」
明るく弾んだ声だった。音もなく降ってくる雪を捕まえようと手をあちこちに差し伸べて、ぱたぱたと走る。踊ってるみたいだと、思った。
「すごい、雪ってつめたい」
「雪は初めて?」
「はい、ぼく、ずっと暖かいところにいたので!」
「ここは毎年雪が降るのよ。積もらないけど。いつもぱらぱら雪が降って、少ししたら梅が咲いて、また雪が降って、春が来るの」
すらすらと説明出来たことが少し不思議だった。季節に興味を持てるような余裕のある人生でもなかったのに。二十五年も同じ地に住めば当然なのだろうか。伏せた目でくるくると踊る少年の影を眺めた。無邪気な笑い方をする少年だ。うらやましい、と口の端から言葉が零れた。
ぴたり。影が止まる。
「うらやましいですか?」
そろり。わたしは視線を上げる。無邪気な笑い方をする少年はガラスより透明な目でわたしを見詰めていた。
「うらやましい。ぼくのことでしょうか」
「……うん、そうね。わたしはあなたがうらやましい」
みっともないな、と口の中が苦くなるような気持ちになる。奥歯を擦り合わせる。不快感。マフラーを拾い上げて、少年の元に歩く。シグナルはやはりわたしを見詰めている。
「ずっとあなたみたいな笑い方を探していたんだもの。しあわせしか知らない生き方ってどこにあるのかしらね」
「どこにもありませんよ、そんなの」
「そうよね」
自由に笑うあの子を思い出す。悩みを意地でも吐き出さない弟を思い浮かべる。弱音をなかったことにする自分を思いの中で殺す。強く生きてるように見せるのは簡単だ。弱音も悩みもなかったことにすればいい。
ただそれはひどくみっともなく生きているということを常に感じなくてはならないだけ、だ。
「おねえさん。誰にいま、会いたいんですか」
「誰にも内緒にしてくれる?」
「ええ。おねえさんが言うのなら、あの子にだって言いません」
「……おとうさんと、おかあさん」
わたしはもう、甘いココアは飲めないのだ。
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