2人が本棚に入れています
本棚に追加
*
交通事故で人が死ぬ。ニュースにも新聞にもほんのちょっとしか載らないような、良くあること。良くある哀しみ。涙を流して残念でした、で終わるような、そんな哀しみ。……と、言うことにしたのだ。自分の両親の死を。自分の哀しみ、を。
とっても馬鹿ですね、とシグナルが言ったので。とっても馬鹿だったわ、とわたしも言った。
一昨年の春に、これまた交通事故で死んだ友人も、まったく同じことを、言っていた。
「哀しいんですよね?」
「とっても。本当に、とっても」
かんかんかぁん……
藍色のちいさな電車が駅のホームに滑り込んでくる。柔らかくて暖かい、春みたいな匂いがした。そう言えば、去年の春に帰ってきた友人も、こんな匂いをまとっていた。春の匂い。
薄い色のワンピースを着て、若葉色のパンプスを履いて。弾むような足取りは機嫌の良いときの癖。ぎこちない動作でわたしの弟がその背を追っていた。歩く、という書いてあゆむと読むわたしの弟。あゆむの字は少し止まるって書くんだよねぇ、と進み出したら止まれない弟に言ったのは、わたしではなく、わたしの一番大切な友人だった。
「友達が、春に死んで、春に一度だけ戻ってきたの」
唐突な言葉にも、シグナルは静かにうなずく。わたしは言葉を続ける。
「わたし達は、宵(ヨイ)って呼んでたんだけど、その友達のこと。戻ってきたの、わたしの元にじゃないけど、戻ってきたの。戻ってきたのが、わたしの一番大切な家族のところだったから、当然だと思った。わたしの大切な人が大切な家族に戻るって、当たり前でしょう?」
ふしゅう、と目の前に止まったちいさな電車が音を立てる。呼吸のようだった。シグナルの頬は赤く生き生きとしている。わたしはかじかむ指先をぎゅっと握りしめた。
「ちょっとだけ――ほんの、ちょっとだけ、寂しかったけど、でも少しの時間だけ会えたの。だからわたしは満足。でも、ちょっとだけ、思っちゃうじゃない、」
じん、と目頭が熱くなる。
「宵と会えるなら、お父さんとお母さんに会いたいって、思ったんだ。……思っちゃったんだ」
ずっと心の奥底に沈めていた願望を口に出すと、やはり苦味が口の中に広がった。普通じゃないか、お父さんとお母さんに会いたいなんて、当たり前じゃないか。なのにどうして、こんなに苦い気持ちになるんだろう……。
最初のコメントを投稿しよう!