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「残念なことなんですけど」
シグナルはそっとわたしを伺うようにして言う。
「この、電車、は。会いたい人に会える電車じゃないんです。行きたいところに連れて行ってくれる電車なんです。だから、」
「乗ったとしても、お父さんやお母さんには会えないんでしょう?」
「はい、そうです」
「そうよね」
ふふ、と笑い声がこぼれた。知ってる、大丈夫。希望は持たない方がいいとか、都合のいいことはおきないとか、そういうことなら、よく知ってる。期待なんてしていない。
「わたしは乗らない」
「そう、ですか」
「行きたい場所には、わたし、切符一枚で行けるから」
ホームにうっすらと雪が積もり始めた。びゅうびゅうと風が強い。ホームの明かりにちらちらと雪が反射して綺麗だ。雪の日に、母が手袋を、父がマフラーを貸してくれたことがある。あたたかかった。まだ弟はいなかった頃だ。わたしはただひたすらに雪がうれしくてしょうがなかった。
「だからいいよ。わたしはわたしの力で行きたい場所に行けるのよ」
「……強いんですね」
「そう、わたしは強いの」
知ってる、とまた言った。自分が強いことなんて知ってる。だからわたしは決して弱くなれない。弱くならない。母と父の棺を前に、すすり泣く弟の熱い手のひらを握ってそう決めたのだ。
「さよならシグナル。シグナレスに会えるといいわね」
「はい!」
シグナルは笑う。わたしのマフラーを差し出すと、今度は素直に受け取ってくれた。
「シグナレスに、やさしい人と会えたよ、って話せます。きっと彼女、とてもぼくのことを心配してるだろうから」
「シグナレスにも貸してあげてね」
「はい。あったかいものを彼女に渡せるんです。なんて幸いなんでしょう」
そう言うと、シグナルは心底しあわせそうに笑った。しあわせしか知らないような笑い方で、わたしの欲しかった笑い方で。その腕にわたしのマフラーがあったので、わたしもきっと心底しあわせそうな笑みを浮かべた。
ぷるるるる、とベルが鳴る。しゅうしゅうと電車は今にも走り出しそう。シグナルは軽やかな足取りで電車に乗り込んだ。
「さようなら、おねえさん。ぼくはきっとあの子と会えます」
「そうね、その電車なら、きっと連れてってくれるわよ」
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