午後四時に最後の雪が降る。

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 ふしゅう、と電車のドアが閉まる直前、シグナルはぱっと目を見開いた。 「おねえさん、どうしてあの子の名前を知ってるんですか―――」  ぱたん。ドアが閉まる。がたんごとん。電車が走り出す。春のにおいが、すうっと幻みたいに消える。寒い駅のホームで、わたしと、冷えたココアだけが残される。 「……意地悪、しちゃったな」           *  約一年前の春の日に、さらに一年前の春に突然死んだ友人と弟が春の町に出かけて行くのを見た、夜。  弟は数日前からなんだかぼんやりしていて、ああこれはいけない徴候だなぁ、と思っていた。弟が中学校三年生のときに、親のいない自分が進学してもいいのだろうかと迷っていたあの時と同じ感じ。確かあの時は頬を引っぱたいて怒ったはずなのに。弟は絶対に大学まで生かせると心に決めていた。なんのためにわたしが働いてると思ってるの、大学まで生かせるなんて、姉ちゃんにしたらなんてことのないことなんだから。そんなことを怒鳴った気がする。  こいつさては大学受験をしないつもりだ、と気付いたのは大手企業のパンフレットがごそっと出てきたからだ。  どこかぼんやりとした弟と夕飯を食べて、ベッドに潜り込んだ。じんじんと目の奥が痛むのは、家に持ち帰った仕事を一日中していたせい。なかなか眠れないのは、眠れないのは――  ――冷たい手のひらが、額に乗った。  わたし以外誰もいないはずの自分の部屋の自分のベッドの中で、冷たい手のひらが額に乗る。悲鳴を歯を食いしばってせきとめた。知ってる、知ってる。わたしはこの手のひらを知ってる。 「……よ、い」 「あはは。こんばんは。お久しぶりだね」  ちいさな声があまりに久しぶりで。 「本当に、宵なの」 「本当だよ。目を開いたらいいと思う」  そろりと目を開いたら、これまた久しぶりの笑顔が見えた。ぼろぼろとめちゃくちゃな勢いで涙が溢れた。寝起きの悪いわたしを起こす時、宵はいつも冷たい手のひらをわたしの額に乗せた。びっくりして起きるでしょう、そんなことを言って。 「宵」 「話したいこといっぱいだけど、手短に行くよ。ねぇ深知(ミチ)、歩は一体どうしたって言うのさ。また馬鹿みたいなことで悩んでるんでしょ」 「……うん。あの子、わたしのために大学に行かないつもりよ。馬鹿でしょう」
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