午後四時に最後の雪が降る。

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「うーん」  宵は首を傾げる。薄暗い部屋の中で、宵の目がぴかぴか光った。 「別に、大学なんて行かなくてもいいとは思うけど」 「別にそこはいいの。ただ、わたしは、あの子が自分の希望も言わずになにもかも諦めるのを許さないだけよ」 「……深知らしいよ」  宵は零すように言って、ちょっと笑う。しあわせそうな笑顔だった。よかった、とわたしは安堵する。しあわせなら、しあわせなら、どうにかなるはずだから。 「……宵は」 「うん」 「どこから来たの」 「……えぇと」  宵はないしょね、と言った。 「名前がたくさんある子に助けてもらったの。とても素敵な子だったよ。誰かをずっと待ってるんだって。そんで、電車に乗せてくれたの。だから、ここに、深知と歩のところに来れたよ」 「……そう」 「歩が、また馬鹿なことで悩んでる気がして。そしたらここに来れたの。よかった、来れて」 「もう行くの?」 「うん……」  冷たい手のひらだなぁ、とわたしは思う。元々冷たい手のひらだったけど、今日は輪をかけて冷たかった。ただ、宵からは春のにおいがして、そうだもう春なんだ、とわたしはやっと気付いたのだった。 「深知は、強いよ」 「……え?」 「大丈夫。深知は強いよ。だから、迷わなくていいよ」  宵がやたらと確信的に言うので、わたしはくすくすと笑った。 「ああ、ねえ、深知」 「なぁに、宵」 「わたしを助けてくれた子の名前、教えるから。あの子が待ってる子の名前は知らないけど、たぶん会ったら深知はわかると思う」  宵はいくつかの名前をわたしにささやいた。シグナレス、テカセ、ホシカセ……わたしは不思議な響きのその名前を記憶に刻みつけた。すべて幻覚と幻聴じゃないか、と思いそうになるのを、宵の冷たい手のひらが引き止めた。 「じゃあね、深知。もう会えないよ」 「……うん」  弟には言わなかった言葉だとすぐにわかった。そうか、もう深知とは会えないのか。当たり前だった。むしろもう一度会えたことがイレギュラーなのだ。 「でも、わたし、深知のこと忘れないし、」 「わたしは宵のことを忘れないんだよ」 「そう」  ぐしゃ、と宵の顔が泣き崩れる。 「忘れないで。わたしのこと、忘れないで」 「忘れないよ。宵。なにもかも忘れてあげない。あんたが最高の友達なんだから」
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