2章

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「やあ、話せて幸せだよシニョーレ!」 アンジェロは僕のことをシニョーレと呼ぶ。というか、多分男ならみんなシニョーレと呼ぶのだろう。 普段からテンションの高い陽気な男だが、僕が電話をかけたときには普段に輪をかけてご機嫌な様子だった。 「元気そうで安心したよ、アンジェロ」 僕は心にもないことを言った。 『バカンス先に友達がいて、アンジェロを食事に招待したいそうなので連絡先を教えてほしい』と嘘をつくと、いともあっさりとアンジェロの連絡先をゲットすることができた。そのことでいささか良心の呵責を覚えていた僕は、彼の不幸な境遇について少しばかり同情するふりをしてもよかろうという気分になっていた。 「君が不幸にも婚約者と破談になってひどく落ち込んでいると聞いたものでね」 「そうなんだよシニョーレ!聞いてくれるかい?彼女との出会いはまさにデスティーノだった」 大げさに身振りをするアンジェロの姿が目に浮かぶようだった。会ったことはないけれど。 「友人の紹介かなにかかい?」「いいや、僕がカフェで彼女に声をかけたのさ。まさに彼女はこの世に降り立った天使だった。ブロンドで色白で、ちょっぴりはにかみ屋さんでね。でもとびきり情熱的だったのさ」 「逃した魚は大きいというものね。それで、どのくらい付き合ったんだい?」 「1ヶ月だよ、シニョーレ!」 僕は再び頭がくらくらするのを感じた。 「付き合って1ヶ月で婚約したのかい?」 「シニョーレ、愛にとって時間は重要なことじゃないのさ。お互いの真心が通じ合えば、それこそその日のうちにプロポーズすることだってできるさ」 僕とアンジェロの間に存在する結婚観の溝はマリアナ海溝よりも深い。深入りするだけ無駄というものだろう。 「とにかく気の毒なことだったね」 僕としてはさっさとこの話題に見切りをつけて、CK305の発注に取り掛かってほしかった。でも、そのためにはアンジェロの機嫌を損ねるわけにはいかない。その気になればボタン一つでアンジェロは僕との会話を終了させることができるし、電話に出ないという選択肢をとることさえできる。何しろ彼はバカンス中なのだから。
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