2章

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「ベトナムの人みんなシャイですから」 アンジェロの話を聞かせたドンくんはかぶりを振って否定した。 「カフェで女の人に声をかけるなんてしませんよ」 「じゃあドンくんもそういうことはしたことない?」 「メッソウもないです」 ドンくんは耳まで真っ赤にして僕の言葉を否定し、油揚げ入りのどん兵衛をかきこんだ。時刻は深夜、まもなく日付が変わろうとしている。 カイシャに泊まるなんて、なんだかリョコウみたいで楽しいですね、と言っていたドンくんの初々しさはこの半年ですでに無くなっている。 彼の足元には、マイナス20度まで耐える事ができる高性能寝袋と空気を入れることで快適な寝心地を約束する最新式のエアマットが敷かれている。常に彼のデスクの引き出しにはアイマスクと耳栓、3次元マスクが常備されている。 アジア市場担当のドンくんは、取引先と日本との時差が比較的短いので深夜になったら規則的に眠ることにしているようだ。給湯室の冷蔵庫には彼の分のレッドブルのストックが何本もある。 快適な睡眠を自分で確保し、起きた次の瞬間からレッドブルを飲んでトップギアまで持っていき、仕事をする。彼もずいぶんと日本企業の社会人らしくなった。「僕にはニホンの若いダンジョがどうやってコイビトになるのかが気になります」 ドンくんはベトナムで日本語を学んで、大学院生で日本の大学に編入した。以来大学院の2年間および社会人になってからの半年間の合計二年半しか日本にいないことになる。日本の恋愛事情について詳しくないのも無理もないことだ。 「まあ、今は便利な世の中になったからね。密林ドットコムでワンクリックすれば、24時間以内に婚姻届が届くんだ。便利だろう?」 それを聞いてドンくんは目を白黒させた。 「え、密林ドットコムですか?」 「ベトナムにないかな?」 「いや、あるですよ。本をチュウモンするじゃないですか?」 「本だけじゃないよ、家電とかも注文できるし」 「コンイントドケも?」 「そう、婚姻届も」 未だに意味がよくわかっていないらしく、ドンくんは混乱した様子でしばらく考え込んでいた。 「でも、コンイントドケだけ届いても仕方ないじゃないですか?アイテは探さないとですよね?」
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