1章

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定時のベルが鳴るまで、僕とチョウノさんは電話をかけ続けたが、結果はなしのつぶてだった。 今はちょうど在庫を切らしておりまして、という返事が大半。残念ながら我が社では取扱がございませんで、という返事がちらほら。CK305ってなんですか?という不届きな返事が一社、二社。 もちろん僕は大きなため息をつきながら「じゃあいいです」と電話を切った。 18時を過ぎて、ようやくゴウタニ部長から開放されたドンくんは痛めた首を押さえながらアジア方面の代理店に電話をかけていた。ベトナム語、マレー語、中国語、英語、そして日本語を話すマルチリンガルのドンくんは、アジア代理店のリストに赤ペンで一社ずつ線を引く。 またしても空振りだったらしい。 チョウノさんの方を見ても、結果は同じだ。代理店のリストは徐々に赤ペンが引かれ、日本国内の代理店は全滅に近い状況のようだ。 さすがに日曜の定時後ともなると、電話応対してくれる代理店の数はぐっと減る。 こういうときに、僕は地球に時差があってよかったと痛感する。ヨーロッパは今は月曜の午前中。世界を股にかける海外渉外三課は眠ることなく仕事をすることができる。ヨーロッパ数社に電話をかけて、同じようにリストに赤線がついていく。月曜の朝に僕から電話が来ることに、彼らはすっかり慣れている。はじめこそ、「いつ休んでるの?」と驚かれたが、こう度々続いてはその驚きも徐々に薄れていくのだろう。 ドイツの代理店で、もしかしたら2つ3つ在庫があるかもしれないので当たってみます、と返事が来たときには、思わず小さくガッツポーズをとった。 その様子がチョウノさんとドンくんにも伝わったようで、彼らは受話器に耳をあてながら僕を見て笑顔になった。 ところが、その期待も脆くも崩れ去った。数時間後、その代理店から在庫がすでになくなっていたという知らせを受けて、僕は肩を落とした。担当者は残念そうに僕の労をねぎらってくれた。
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