1章

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ヨーロッパのリストも少しずつ減っていっている。次の候補はイタリアの代理店だ。 僕は決して人種差別主義者ではないのだけれど、イタリアの代理店に電話を掛ける前にはいつも緊張する。 とりわけ、アンジェロのいる代理店には。 英語に堪能な担当者という触れ込みで入社したアンジェロの英語は小学生レベルの語彙力しかなかった。彼の話す言葉は八割イタリア語で、二割が英語だ。日本でいうならばルー大柴のイタリア版といったところだろう。 とにかく何を言っているのかわからなかったので、僕はNHKイタリア語講座を受講する羽目になった。自信満々に話す彼の言葉はイタリア語まじりの英語というよりも、英語まじりのイタリア語だ。あれ?今の英語?イタリア語?という迷いがない分、全部イタリア語で喋ってくれたほうが有り難いのだが、本人は英語を喋っているつもりなので救いがない。 意を決してイタリアの代理店に電話すると、アンジェロではないスタッフが電話口に出たようだった。 「ああ、アンジェロならいまハワイ」 陽気な代理店のスタッフがイタリア語でそう答えたが、さすがに思い直したのか、「いや、バカンスですね」と言い直した。バカンスでハワイ。それは甘美な響きだった。 「CK305の在庫があるか確認してほしいのですが」 僕はイタリア語で尋ねた。こういうときにはアンジェロがほとんど英語を喋れなかったことに感謝の念が湧いてくる。来る日も来る日もイタリア語講座を徹夜で勉強したおかげで、イタリア語での日常会話には困らない。これならイタリア旅行に行ったときにも困らないだろう。もちろん、仕事が休めないので旅行の予定はないが。 「ああ、それならありそうですね」 陽気に答えたスタッフの声に僕は耳を疑った。 「本当ですか?」 大きな声を出した僕に、ドンくんが驚いて受話器をテーブルに落とし、チョウノさんが弾かれたようにその場に立ち上がった。 「ああ、でも残念ですが、担当者のアンジェロにしか発注できませんね」 「アンジェロはいつ戻るんですか?」 ええと、と電話口でカレンダーを確認する様子が伝わってきた。 「来月末ですね」
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