春朧

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夏色の空。陽射しを浴びた白い土が、ゆっくり色を変えて行く。 遠くても近い。 近くても遠い。 遠くて遠い、ただ胸の中の想いが解き放たれて、すぐ側で声が聞こえている。 「理央ぉ、来て、早く、早く」 セカンドベース辺りで大声で呼ぶ。 ダッシュは出来そうもない。 「早くっ」 「ん」 「見て」 「あ」 「虹っ、おぉ、スゲェ綺麗っ。見える?」 「うん」 ホースから高く噴き出す水の飛沫。 光が七色の虹を作っている。 浮んでは消え、消えてはまたキラキラと光の粒がグランドに降り注ぐ。 少年のように無邪気に笑う涼也。 太陽みたいに… 不意に涙が込み上げて来る。 顔を覆い、しゃがみ込む僕の足元にホースの水が走る。 「え?何?どうした?理央?」 「…なんでもない…」 覆った手に重なる手。 心配気に、そして、柔らかに微笑む涼也の顔があった。 指先が涙を拭う。 唇が僅かに触れた。 13の夏の終わり、秋の始まり。 行き合う空の下、 9月2日僕たちの記念日。 10回目の秋が虹の向こうに待っている。
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