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昼下がりの日差しの中、奇妙な乗り物がトコトコと駆けてゆく。
車輪が二つに、ハンドルが一つ。
どこか騎馬を思わせる黒と銀色のシルエット。
その上には二人の人間を乗せて、『白の大地』と呼ばれる広大な塩原をまっすぐ突き進んでいる。
「イスカ、イスカ、次はいつ街に着くのですか?」
尋ねたのは二人のうちの一人、ウェーブのかかった栗色の髪に黒い毛皮帽をかぶった少女だ。乗り物――彼らは『ハーレイ』と呼ぶ――の後席に山と積まれた荷物の上に、なんとも器用に腰掛けている。
「そうだなー、リン。あと四回くらい寝て起きたら着くぞ」
こちらは茶色い毛皮帽を被り目にはゴーグルをかけた運転手が答える。
塩原からの照り返しで焼けたのだろう、浅黒い肌が印象的な黒髪の青年だ。厚手の黒い革ジャケットが毛皮帽からのぞく黒髪によく馴染んでいる。
「ではイスカ、すこし止まってお昼寝をしましょう!」
「残念、昼寝はノーカウントなんだ」
「むー……」
走るハーレイの上でくるりと身体の向きを変え、リンはイスカに背中を向けた。春の陽光を封じ込めたような琥珀色の瞳が不満気に青と白の風景を眺めている。
要するに、退屈なのだろう。
「昔、昔の、その昔」
そして旅の最中の娯楽といえば歌くらいしかないとそれこそ昔々から決まっている。
歌物語の一節を揚々と歌い出したイスカに、渋い顔をしながらリンも続ける。
「……世界に大きな水たまり」
「人はそれを『海』と呼び」
「彼方、彼方の、その彼方」
「『獣の国』があったとさ」
一節ずつ交互に歌う二人の声が乾燥しきった荒野に溶けてゆく。
それは世界の誰もが知るおとぎ話。
親から子へ、子から孫へ、何百年も語り継がれた夢物語。
そしてこれは、そんな夢物語を信じた二人の、誰も知らない物語。
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