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時間帯的に満員ではないけれど、いつもよりはかなり乗客の数が多い。そのせいで、いつもなら乗ったすぐ辺りの位置からお姉さんを眺めることができるのに、今日は人混みで視界に姿が入らない。
今日は一日やる気が出そうにない。そう思った時だった。
「あ」
電車の揺れと人混みに押され、いつしか俺は反対側のドア付近に…つまり、お姉さんの側まで流されていた。
反射でいつも見ている位置に目を向ける。そこに今日もお姉さんはいた。ただ、様子はいつもとまるで違っていた。
小説を読んでない。それは混雑ぶりから当然だと思う。
でも、あの不機嫌そうな表情は何だろう。
ようやくきちんと正面から見ることができた綺麗な顔は、眉間に寄せられた皺のせいでかなり険しくなっていた。…それでもやっぱり綺麗だけど。
どうしてあんな顔をしてるんだろう。満員電車がそんなに嫌なのかな?
ぼんやりそんなことを考えていたけれど、鈍い俺にもすぐに理由は判った。
お姉さんの隣に中年のおっさんが立っていた。
いくら車内が混んでいても、そうまで人にへばりつかなきゃならない状況じゃないのに、おっさんは不自然にお姉さんに体を寄せている。それをお姉さんは必死に腕で遠ざけようとしている。
「痴漢?!」
状況的にそれしかなかった。でも、ここで俺がそれを指摘して、はたして問題は解決するのか?
現行犯で手を押さえたりできない以上、おっさんが言い逃れようとするのは目に見えてる。そうでなくても、俺が騒ぐことでお姉さんが恥ずかしい思いをするかもしれない。
「どうしようどうしようどうしよう…」
考えがまとまらない。だけどお姉さんのあんな顔を見ているのは嫌だ。
そう思った時、オレの体は勝手に動いていた。
人混みを無理に移動して二人の側へ寄ると、俺は無理矢理お姉さんとおっさんの間に割り込んだ。
何だこのガキと、怒鳴りつけそうな顔でおっさんが俺を睨む。だけど俺は怯むことなくおっさんを睨み返した。
俺はひょろい見た目そのままに腕力はからきしだ。基本、気弱な意気地なしで、いいなと思った人に声をかけることすらできない。
だけどここで踏ん張らなきゃ男じゃない。
そんな気持ちだけが心に満ちていた。それが俺の、がくがくと崩れ落ちそうな足を突っ張らせ、ひ弱な体を、おっさんからお姉さんを守る壁にした。
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