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通学列車
部活の都合で、半月ばかり、いつもより早い時間に学校へ行かなきゃならなくなった。
起きるのも家を出るのも、およそ一時間繰り上げの日々。
正直、眠いだるいしんどい。
だけど俺には心の支えがあった。正確には支えができた。
「よし。今日もいた」
「よかったよかった」
俺の心の支えは、一時間繰り上げ通学になってから電車で乗り合わせるお姉さんの存在。
雰囲気的にOLさんかな?
俺が乗り込んだ時には必ず車内にいる。
時間的に満員じゃないけれど空席もない車内で、その人の定位置は、俺が乗り込むのと反対のドアの側。
あまり開かないそちら側のドアの脇に細い身体をもたれさせて、ヒールなのに揺れもせず、いつも小説らしき物を読んでいる。
小説と断定できないのは本にカバーがかかってるから。
茶封筒と同じ色の無地のカバーにはお姉さんの細い右手が添えられていて、視線は常に本の上。
声をかける勇気なんてなくて、綺麗な横顔が、一度くらいこっちを向いてくれたらな…なんてことをただ考えるだけの俺だけど、車内にお姉さんの姿があるだけで早起きも苦にならなくなった。
そんな生活がおよそ半月。
部の都合もなくなり、元の通学時間に戻っても構わなくなったけれど、俺はその後も早起きをし、あえてその時刻の列車に乗り続けた。
ストーカーみたいだ、なんてことは自分でも判ってるよ。
だけどやましいことは何もしてない。
名前を聞くとか、ましてや後をつけていくとか、そんなことは一度たりとしてないし今後する気もない。
ただ、同じ車両に乗り合わせて姿を一目見られればいい。俺の望みはそれだけだった。
そんなある日。
その日は珍しく車内がやたらと混雑していた。
駅の構内と、さらに車内でも聞いたアナウンスでは、どこかの路線で人身事故があり、こっちにいつもは乗らない客が流れてきているらしかった。
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