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《一》
「あれ? 美穂ちゃんだけ?」
「……あ、はい。叔母さんは友達と食事に行くって書き置きが、テーブルの上に。大樹くんは、まだ帰ってなくて」
誰もいないのをいいことにリビングのソファーで寝そべり、少年漫画雑誌を読んでいた美穂は、あわてて起き上がった。
「そっか。夕飯は……用意されてるね。美穂ちゃんも、たまには一緒にどう?」
家主である中年のこの男も、帰りが遅いことが多く、今日もそうだろうと思っていたのだが。
「や……あたしは、いいです」
叔母の旦那が、美穂は苦手だった。
風呂をのぞかれたり、いやらしいことを言われたわけではない。
ただ、一度だけ──他の者の目を盗むように、手を握られたことがあった。
「いつもインスタントラーメンとかパンだけでしょ。若いのに、栄養足りないんじゃないかな」
「平気です。あたしの分は、ないし」
実際、美穂の食事が用意されていることは稀だった。
美穂としても、他人の家族団らんに混じる気はなかったので、都合が良かった。
「なんだか悪いね。美穂ちゃんに充分なことができなくて」
「いえ、本当に──」
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