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キツネの妖は、“神獣”の“花嫁”の慈悲により解放された──二度とこの領域に立ち入らないとの誓約付きで。
「美穂? 立てる?」
気遣う声音はいつもの穏やかな響き。
差し出される大きな手のひらが、優しく自分に触れたのも事実。
けれども──。
「いらない。あたしは、あんたの『もの』なんかじゃない!」
撥ね付けた、善意。
いったい、何度目だろう?
弾かれた手をもう一方の手で押さえ、セキコが苦笑いを浮かべる。
「言葉のあやよ。アンタがアタシの“花嫁”になる気がないのは知っているわ。
──アタシが、怖い?」
悲しげで寂しそうな鳶色の瞳。
自分を見つめるセキコの表情に、美穂はたまらずにうつむいた。
「……こわいよっ……」
口をついて出た、本音。
心の奥からの叫びは、あふれた感情と共に美穂の頬を伝った。
「だって、あたし……あんたのことが好きなんだもん……!」
『猛獣』の本性は、もちろん怖い。
だが、それ以上に怖いのは、自分が『拒絶』されること。
「いらないって……元の世界に返すって……『男』じゃないあたしは、必要ないって……」
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