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彼女が話せない、本当の理由。
その理由を、僕だけが、教えてもらっていたから。
"――うん。私は、最後の人魚だから。魔法のおかげで、この地上に、いられるだけだから"
書かれたメモ帳の言葉は、幼い頃に見た答えと、まったく同じものだった。
(話すと、泡になる……んだよね)
メモ帳を何枚も埋め尽くし、陽が暮れてしまったほどの、壮大な物語。彼女は、真剣な瞳で、それを僕に教えてくれた。
――海洋汚染で人里に逃げてきた彼女は、魔法で人々の記憶を操り、この地に住み続ける地主を装った。その魔力は、この街の人々全てをごまかせるほどの、膨大なもの。しかしその魔法の力にも、一つ欠点があった。海の生き物の内面を伝えてしまう声まではごまかせず、話すことはできないということだった。
(……それが、彼女の語った、お伽噺)
当時の僕ですら、わかってしまった。
……それが、彼女が自分を慰めるために創った、夢の世界なんだってことを。
(そして今も、その夢に、とらわれている)
嬉しそうに微笑む表情からは、そんな陰は、見受けられないけれど。
"会えたこと、本当に……嬉しい。奇跡、なの、かな"
後半の字は、喜んでいるのか、なぜかひどく揺れた文字になっていた。
「そうだね。こんな奇跡は……僕も、嬉しい」
――彼女は、まだ、夢の続きにいる。
それは、身体が完治しないことからくる、逃避なのだろうか。
「……もう、陽が暮れるね」
僕の言葉に、初めて彼女の顔が曇る。
「また、来るよ。君と会うために」
その表情に胸が締め付けられて、自然と、そう言ってしまう。
――それは、帰郷するまで封じられていた、幼い頃の淡い想い。
「君も、よければまた、会ってほしい」
慰めでもなく、嘘でもなく。
僕はこの故郷で、彼女とまた会いたいと、願った。
いつか、彼女の身体と声が、治る日も来るだろう。その手伝いをするのも、いいかもしれない。
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