君といた僕を失っても

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 ――そんな、淡く惹かれた僕の耳に、それはやってきた。 「ありがとう」  ――衝撃が、僕の身体を、走り抜けた。  無言の君から、初めて伝わった、身体をふるわせる響き。 「ごめんなさい。私、嘘をついたわ」  ――でも、奇妙な気分だった。  初めて聞くのに、初めてでは、ないような。 (僕は、彼女の声を、聞いたことがある……?)  言葉が上手く出ないのは、記憶の混乱もあるけれど、目の前の彼女の異変のせいでもあった。 「今日のことは、奇跡なんかじゃ、ないの。私の、せいなの」  ――だって、ありえない。ありえるはずがない。  ――人間が、話すたびに、その身体が泡になっていくだなんて。 「……大切に、して、くれたのに」  一つ一つの言葉に反応するように、指が、皮膚が、髪が、風に乗る。  風船のように丸い透明な泡が、彼女の身体を削り取り、飛び去っていく。 (話して、いるから? ……人魚、だから?)  彼女の空想が、まるで、現実のようで。現実が、まるで、空想のようで。  声が、耳に届くたび、君の身体は泡となる。  やめてくれ、と叫びたいのに。 「だましてしまって、ごめんね」  君の存在と、愛しい声。  終わりを奏でる声なのに、僕は、止められない。  ――だって、ずっと僕も。  ――あの日の言葉の続きを知りたいと、願っていたから。  記憶は、もう、完全によみがえっていた。  卒業式の数日前、初めて彼女へ別れを告げた……あの日のことを。 「私が、呪いをかけてしまった。あの日の君から、変わってほしくないって」  あの日、忘れてしまった、彼女の言葉  『――変わってほしくない。あなただけいてくれれば、いいのに!』
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