オズの魔法使い

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オズの魔法使い

まだ私が幼い子供の頃のある時期。 寝床に入って眠りに就くまでの短い時間、目を閉じると決まって広がる闇の中に、夥しい数の痩せこけた亡者のような人々の姿が浮んで見えた。 彼らの足元は真っ黒などろどろの沼地に埋もれていて、何時も僅かに離れたところから無言で怯える私を見つめていた。一歩も動かず。眼球のない空洞の目でじっとこちらに顔を向けて、彼らはただ、私を見ていた。苛んでいるのか、憐れんでいるのか。私には全く理解らない。 瞼の奥の世界に居る彼らからは、どんなに強く瞳を閉じても逃れることは出来ないし、誰かが傍に寝ていても彼らは構わずやってくる。私は夜に目を瞑ることが怖くて怖くて堪らなくなった。闇の向こうで立ち尽くす彼らの肋骨の隙間から、ギクシャクと曲がった剥き出しの背骨が見えたのを昼間にも思い出して寒気がした。 何故、当時の私がそんな妄想に悩まされたのかは解らない。 しかし、その原因不明の恐怖から私を救ってくれたのが『オズの魔法使い』だった。 『オズ』の明るい物語りは、昼間の私に読書する楽しみを教えてくれただけでなく、就寝前の悪夢すらも取り払ってくれたのだ。 『オズ』の物語りを知った私は、寝床に入るとすぐに、かかしやブリキのきこりたちと待ち合わせて黄色いレンガ道を楽しく歩く自分の姿を想像した。 昨日行ったところから再開して、少しずつ物語りは進む。エメラルドの都を過ぎて虹の国、小人の作った地下のトンネル……私たちの冒険は何時までも続いた。 そうやって楽しい冒険の毎日を過ごすうちに、いつの間にか恐ろしい亡者の群れは去っていったのだった。 お話の中ではペテン師だった『オズ』は、世界中の多くの人々にとってそうであったように、私にとって偉大な本物の魔法使いなのです。
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