伊佐屋 凪(いざや なぎ)の場合

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「結婚しよう。菜実」  ゾンビになる前に父と同じように死にたいと言う彼女の肩を抱いて、僕はそう提案した。  このまま義妹が死んでしまうのなら、僕だって生きては行けない。  たとえ僕らがここで死んでしまうとしても、来世でまた巡り合えるようにと、僕らは夫婦になることを選んだ。 「おにいちゃんと結婚できるなんて、思ってなかったな」  ゾンビになるのも悪い事ばかりじゃないねと笑う義妹が、僕の左手の薬指に、赤い毛糸の端を結びつけた。  僕は黙ったまま、反対側の端を義妹の左手の薬指に結び付ける。  2人の間をゆったりとつなぐ赤い糸を見て、僕らは微笑みあい、お互いの体をしっかりと抱きしめた。 「おにいちゃん……私……怖い」 「大丈夫。何も怖くないよ。僕が居る」 「うん……でも……もう……ダメ。あぁ……お願い……見ないで……」  義妹の体はもう冷たくなり始めていた。  それをむりやり温めようと、僕は力を込めて彼女を抱きしめる。  しばらく何も考えることなくただ抱きしめあっていると、突然ぶるっと身じろぎした義妹が、何かを囁いたように僕には聞こえた。 「……菜実?」  見ないで、と、彼女は言ったけど、僕は思わず体を離し、彼女の顔を覗き込む。  目が合った。  義妹の目は白く濁り、もう何も見ていない。  僕は思わず悲鳴を上げて義妹を突き放そうとしたけれど、彼女が僕を抱きしめていた両手に今までとは違う力が籠められ、僕はもう一度しっかりと抱きしめられた。 「ヴぁアァあ……」  唸るような声。  そして首から肩にかけて走る激痛。  見ないで、と、彼女は言った。  そうだ、僕は見てはいけなかった。  美しい義妹と結ばれ、そのまま一緒に死んで行けるはずだった僕は、恐ろしいゾンビへと変わってしまった彼女に殺される未来を選んでしまったのだ。  ごりっ……ぼぎっ……。  自分の骨が砕ける音を聞きながら、僕の意識は闇に沈む。  最後に僕の脳裏に浮かんだ義妹の顔は、美しいあの顔だったのか、ゾンビとなったおぞましいあの顔だったのか。  それも、今となっては全て闇の中だった。 ――伊佐屋 凪(いざや なぎ)の場合(完)
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