黒船 入矢(くろふね いりや)の場合

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 そして俺は彼女の恋人になった。  今でも彼女が人間だったころに何を考えていたのかは理解できない。  それでも俺は、今この時、ゾンビとして俺に唸り声をあげる彼女を美しいと思い、生まれて初めての恋をしていた。  生まれたままの姿の美しい彼女の腰を抱え、俺と彼女はお互いの初めてを捧げあう。  彼女の唸り声も、死斑の浮いたまだらな皮膚も、剥き出しの歯も、濁った瞳も、全てが愛おしい。  俺は全くおさまらない自分自身のリビドーをぶつける様に、何度も彼女の完璧な体を貪った。 「愛してる。……愛してる。……愛してる。……世界中のだれよりも、キミを」  俺が穢した彼女の美しい体に寄り添い、俺は気だるく体を横たえる。  彼女は唸り声をあげて俺を噛もうとし、その口から血にまみれた唾液を飛ばした。 「……そんなに俺を食べたいのか?」  彼女の口が届くギリギリまで顔を上げて、俺は彼女に問いかける。  それに対する彼女の答えは、激しいうなり声だった。  俺はその声に頷き、立ち上がる。 「俺はキミを本当に愛しているんだ。愛してしまったんだ」  俺は彼女の手足を縛るロープに手をかけ、固く縛った結び目を少しずつ緩めてゆく。  俺の愛する彼女の願いをかなえるために。  俺の愛する彼女に食べられるために。  全ての結び目をほどくと、俺は彼女を抱きしめる。  彼女の濁った眼から、体温よりも熱い液体が流れ、重ねた俺の頬を伝った。  それは憎しみの血だったのか、愛の涙だったのか。  その答えは、首筋を噛み千切られ、愛する者に飲み込まれる感覚に性的興奮を覚えながら意識を失って行く俺には、永遠にわからなかった。 ――黒船 入矢(くろふね いりや)の場合(完)
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