第一章

14/16
前へ
/94ページ
次へ
 自分の研究室の前につくと、鍵を出してドアを開ける。  中に入ると、後ろ手で中から鍵を閉めた。  そのまま、足を前に蹴り出すようにして靴を脱ぐ。左右の靴が少し宙を舞い、ばらばらに床に転がった。  机の脇に脱ぎ捨ててあったスリッパに足を通す。 「あー、つっかれた」  大きく伸びをすると、抱えていた書籍の類を机の上に放り投げる。  倒れ込むようにして椅子に腰掛ける。 「いったー」  右足を伸ばす。  足首が少し腫れていた。 「はー」  朝、駅の階段で捻ったところだ。 「痛いつーの」  冷静沈着クールビューティでとおっている御厨マリンが、足を引きずりながら教室に入るわけにはいかない。必死になんでもない風を装っていたから、余計痛みが増した。  しかし、クールな御厨マリン像を守るためには、仕方ない犠牲だった。今日も上手くごまかせただろう。教室では転ばなかったし。と、自分を褒めた。  悲しいかな、マリンのドジっぷりは知れ渡っているのだが、本人はそれに気づいていない。今日も無駄な努力を重ねていたのだった。  立ち上がり、足を引きずりながらカーテンを閉める。念のため。  いつもと同じ、黒いパンツスーツのズボンを脱ぐ。ストッキングも脱ごうとして、 「あっ」  爪がひっかかり、盛大に穴が空いた。 「あー。卸したてだったのに」  溜息をつきながら、それを丸めてゴミ箱に捨てる。  机の一番上、唯一鍵がかかる引き出しを開ける。  そこにはびっちりと、医薬品の類が詰まっていた。頭痛薬、絆創膏、包帯、消毒液、それから湿布。  湿布を取り出すと、捻った足首に貼る。
/94ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加