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……ホラー映画でこういうの、見たことあるな……
停止しかけた思考で、彼はそんな悠長なことを考えた。
アイスピックがガタガタガタガタと乱雑な音を立てて上下左右に動く。手応えを求めるように。
杉本は声も出せず、ただ、一歩だけ後ずさりをした。それしかできなかった。
よぉく見るとアイスピックの先端は少し折れ曲がっていた。
釣り針のような鉤型で、突き刺したものを引っかけるようになっている。引っかけてーー取り出しやすいようになっている。
ぎぃ、とドアが開いた。
鍵もチェーンもかけていなかった。遅すぎる後悔はする暇がなかった。
そこにいたのは、女だった。
ベージュの、トレンチコートのような、雨合羽を着た中肉中背の女だった。
女が一歩、部屋の中に足を踏み入れた。
外がどしゃ降りにも関わらず、その靴も服も濡れていなかった。
杉本の腰が抜け、尻が床につく。
女を見上げる。長すぎる前髪のせいで、その瞳は窺えない。しかし化粧を施しているのは分かった。
先ほど行ったコンビニで見かけた女のような気もしたが別人かもしれない。それだけ特徴の無い女だった。
きちんと整えられた身なりで、あのきれいな文字を書きそうな女だった。たぶん道ですれ違ったら振り返りもしない、その辺にいそうなごく普通の格好の女が、先端が曲がったアイスピック、おそらくひとつの目的のために加工された凶器を持って杉本の前に
(こ の 傘 を 盗 ん だ 方 へ)
現れ、杉本の目を
(今 夜 あ な た の 目 を)
狙って
(え ぐ り 出 し に ゆ き ま す)
い る 。
女は無言で、 眼球えぐり出し器 を持った手を大きく振りかぶった。
杉本は悲鳴を上げ、呂律の回らない舌で訴えた。
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