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「ち、違う! おおお俺は、傘を持っていない!」
ぴくりと女の動きが止まる。
「返したんだ! いったんコンビニに戻って、傘立てに傘を戻したんだ!」
どうにも胸騒ぎがして、杉本はコンビニの方へ踵を返し、透明なビニール傘を元に戻した。
すると、また雨が降り出したので新品の傘を三百八十円で買った。発泡酒とつまみも買った。玄関にはその真新しい半透明の傘が、水滴をまとって置かれている。
「だから、だから……」
息も絶え絶えに杉本は許しを乞うた。
女は眼球をえぐり出す道具をゆっくりと下ろし、「……チッ」
やがて、ずずず、と引きずるような足どりで玄関から出ていった。一瞬だけ振り返り、口紅を塗ったベージュピンクの唇で何事か言った。
小便を垂れ流しながら、ガンガンと痛む頭で、杉本は気がついた。
(今の……舌打ち……?)
苛立ち、不満、歯がゆい気持ち。
それらが「チッ」という一弾指の音に込められていた。
コンビニで高校生たちが騒いでいた、都市伝説を自然と思い出す。
雨の日に現れる怪人・『ヌスマセ』。
ぬすませ。
盗、ませ。
(……ああ、そうか)
逆だったのだ。
杉本は惑乱する思考で、正しく理解した。
傘を盗んだから、目をえぐり出しにきたのではない。
目をえぐり出したいから、傘を 盗ませ たのだ。
去り際に残した女の言葉が、その証拠だった。
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