98人が本棚に入れています
本棚に追加
1
日常というものは、ささいなほころびから、破られるものである。
高校の生物学教師、安田英里(やすだ えいり)二十六歳は、夕暮れの校舎を歩いていた。オレンジ色の閃光が、鉄筋校舎を染めていた。
校庭の樹木の長い影が、廊下に落ちていた。
担任の一年生の教室をのぞくと、教室には、まだ窓際の後ろの席に、西島優希(にしじま ゆうき)が残っていて、一人で机に向かっていた。西島は、海洋生物に興味があるらしく、安田によく話しかけてきたが、友達は少ないようだった。
「西島、早く帰れよ」
と、安田が教室のドア口から声をかけると、西島は、びくっとして顔をあげ、安田を見て顔を赤くした。
「はい」
西島は椅子から立ち上がり机の上に広げた本とノートを慌てたように、かばんにしまった。
また軟体動物の図鑑か、と安田が苦笑して立ち去ろうとしたとき、
「あ……」
と、窓の外を見た西島が小さく声をあげた。その瞬間、ぱりーん、ガシャーンと硝子の割れる音がした。
野球部が硬球でも当てたのか、あるいは、テニス部か?
行きかけた安田は、振り向いて、
「どうした」
と教室の戸口の柱をつかんだ。
最初のコメントを投稿しよう!