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 日常というものは、ささいなほころびから、破られるものである。  高校の生物学教師、安田英里(やすだ えいり)二十六歳は、夕暮れの校舎を歩いていた。オレンジ色の閃光が、鉄筋校舎を染めていた。  校庭の樹木の長い影が、廊下に落ちていた。  担任の一年生の教室をのぞくと、教室には、まだ窓際の後ろの席に、西島優希(にしじま ゆうき)が残っていて、一人で机に向かっていた。西島は、海洋生物に興味があるらしく、安田によく話しかけてきたが、友達は少ないようだった。 「西島、早く帰れよ」 と、安田が教室のドア口から声をかけると、西島は、びくっとして顔をあげ、安田を見て顔を赤くした。 「はい」 西島は椅子から立ち上がり机の上に広げた本とノートを慌てたように、かばんにしまった。  また軟体動物の図鑑か、と安田が苦笑して立ち去ろうとしたとき、 「あ……」 と、窓の外を見た西島が小さく声をあげた。その瞬間、ぱりーん、ガシャーンと硝子の割れる音がした。  野球部が硬球でも当てたのか、あるいは、テニス部か?  行きかけた安田は、振り向いて、 「どうした」 と教室の戸口の柱をつかんだ。
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