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「西島!」
安田は叫んだ。窓際の床には、細かく割れた硝子の破片が散らばっていた。硝子の破片のキラキラ輝く海の真ん中に、夏服の制服姿の西島が、腰を抜かしたように、へたりこんでいた。
「大丈夫か!?」
安田は、駆け寄ろうとして、息を呑んだ。
割れた窓ガラスの窓枠の向こうから、巨大なイカの足のような物体が、教室の中へと攻め入ってきたからだ。
触手の太さは、綱引きの綱か、しめ縄ほどもあった。生白く赤黒く、ぐねぐねと蛇のようにうねっていた。
先の方は、いたって細く、その触手の先が、教室の床に、へたりこんだ、西島の方に向かっていた。
いけない。このままでは、西島が襲われる!
「先生! 助けて!」
触手は、ゴムのようにいったん窓の方に縮んだかと思うと、反動をつけたように、勢いよくビシュッと西島めがけて伸びてきた。触手は、西島の首に、しゅるりと不気味なすばやさで巻きついた。西島の白い華奢なのど首を触手が締めあげた。西島は、必死のようすで自分の首に巻きつく触手を振り解こうとしていたが、西島の身体は、窓の方へ、ずるずると引きずられていった。
安田は、西島のそばに駆け寄った。
「西島! 大丈夫か!」
大丈夫でないのは明白だった。
「苦しい……」
自分の首に巻きつく触手に手をかける西島の手は、ヌルヌルした粘液にまみれていた。まるで精液のような……。
安田は、そう思って、その思いを打ち消した。生徒が危機に陥っているときに、なにを考えているんだ。安田は、おのれを叱った。
しかし、西島の白く、細く、華奢な手が、ぬるぬるした、イボイボのついた太い触手の粘液にまみれているようすは、まるで、西島が、成人した横暴な男の手にかけられているように見えたのだ。ぬるぬるした精液にまみれた細く華奢な手……。
こんな非常時に、何を想像しているんだ! 安田は、思いを打ち消した。
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