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「面識は……あります」
素直な西島は、もう、マッドサイエンティストに感化されて、イカ相手に面識などと言っていた。
「あのイカがまだ少年だった頃、僕は、ボルネオ島で、あのイカと遊びました」
イカが少年などと、そんなすっかりイカ研究所職員のようなことを。安田は、西島の将来を案じた。西島が将来、イカ研職員になったらどうしよう、と安田は不安になった。マッドサイエンティストの同僚になってしまう。一方で、白衣を着た若き研究者、西島を想像して、安田の顔は、自ずと、にやけた。それも、いいか、と一方で思う。しかし……
「なぜボルネオ島」
安田の心のツッコミと同じことをマッドサイエンティストが言った。しまった、マッドサイエンティストなんかとシンクロしてしまった、と思う安田は、自分がマッドサイエンティストに嫉妬していることに、その時、気づいていなかった。
「僕が幼少のころボルネオ島に長期滞在したんです」
西島が丁寧に答えているのに、
「だからなぜボルネオ島」
とマッドサイエンティストはマッドサイエンティストらしく、どうでもいいことにこだわって話を前に進ませない。
「父の仕事の関係で」
無垢な西島は、マッドサイエンティストを疑りもせず、まじめに答えている。
「お父さんは何の仕事」
安田が咳ばらいすると、やっとマッドサイエンティスト脳の思考回路は、どうでもいい質問をやめて本題に戻った。
「それで、長じて、あのイカは君に恋して追いかけてきたんだね。ロマンだね」
とマッドサイエンティストは弱って死にそうなイカのことを想ってか、涙をぬぐった。
全く空気を読まないマッドサイエンティストめ! イカの暴力被害者の前で、あんな凶暴淫乱イカに肩入れして泣くなんて! イカなんて早く死ねばいいのに、と安田は思った。
また、安田は、イカは西島と幼なじみだったのか! イカめ、そんな幼少時から西島をつけねらっていたとは! と思う一方で、いやいや、そんな風にイカに嫉妬するなんて、人間としてイカがなものか、とイカに汚染された思考で思った。
いや、イカに愛される西島に嫉妬した時よりマシになっている、少なくともイカではなく人間を好きであるわけだから、と安田は回復を焦らないように、との医師やカウンセラーの助言を思い出し、自分に言い聞かせた。
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