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安田と西島は、数週間、防衛省の病院に収容され、検査と治療を受けることになった。
安田と西島は、同じ部屋の二台の入院ベッドにそれぞれ寝かされて、治療を受ける日々を送っていた。
「西島君、イカ研究所から職員が来ているのだが、ちょっと、いいかな?」
イカにも軍医という感じの、安田たちの主治医が、部屋に入ってきて西島に聞いた。
「はい」
あらかじめ、研究者の来訪を聞いていた西島は答え、ベッドの上に起き上がった。
軍医は、再びドアの方へ戻った。
すると、
「イカ研究所じゃない」
と病室のドア付近で、甲高い男の声がした。
「失礼。国立生物学研究所でした」
と軍医じみた医師は、そんなことは、どうでもいいといった声音で訂正した。
「では、どうぞ」
軍医は、ドアを押さえ、研究者を部屋に招き入れているようだ。
「それでは、私は席を外しますので」
軍医は去り、入れ替わりに、痩せた猫背の男が病室に入ってきて、安田には目もくれず、西島のベッド脇に立つと、いきなり一方的に西島に話しかけた。
「西島君、きみ、あの巨大イカと面識はないですか?」
もじゃもじゃ頭で、ぶ厚いレンズの丸い黒縁眼鏡をかけ、白衣を着た四十代の生物学研究所の研究員が、片手をポケットに突っ込み、もう片方の手の人差し指で、ずり落ちる眼鏡を上げながら、いきなり聞いてきた。
「面識……」
隣のベッドに寝ていた安田は、あっけにとられたように、つぶやいた。イカを人のように扱うなんて研究対象に思い入れが強すぎる、イカにも、ごく普通の、マッドサイエンティストだと安田は思った。
だいたいイカの個体識別なんて、イカ研究所職員以外のヒューマンビーイングはできるわけがない。イカの個体差などに興味はない、と安田は反感を持った。イカに会ったからといって、あのイカだと、どうして判別できよう。だが、安田は、あんな巨大イカは、そうそういない、世界に一匹かもしれないから、大きさで、すぐ区別がつく、ということに、すぐに気づいてしまった。安田の胸中がそんな忙しいことになっているとは、思いもよらず、
「そういえば……」
と無防備に答えようとする西島に、安田は気が気ではなかった。イカにも変態そうなマッドサイエンティストに西島が襲われたどうしようと、半ば期待しながら安田は、聞き耳を立てていた。
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