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赤い傘が、雨が降りしきる中に転がっている。
須藤恵は、まさに今叩かれた頬を押さえて立ち尽くしていた。その前には手を振り下ろした格好のままの小暮綾香が立っていた。
「あんたなんか、もう、友だちじゃない!」
言い放ち、生徒たちの間を抜けて昇降口の方へ行ってしまった。佐伯裕二の姿はもう既にない。
残された須藤恵はその場に膝をついて手で顔を覆い、ほろほろと泣き始めた。
「なにあれ、修羅場?」
「あたし見てたけど、佐伯くんがあの子にちょっかい出してるふうだったよ」
「佐伯くんが自分から女の子に近寄ったりするー?」
傘の下でさざめいている生徒たちの向こうから、池崎正人もその様子を目撃していた。珍しく普通に登校してみたならこの騒ぎだ。
まだ泣いている須藤恵を坂野今日子と船岡和美が慰めている。
こういうとき、真っ先に現れるはずの中央委員会委員長がやって来ないことが引っかかった。
その中川美登利は、廊下の片隅から遠目にその一部始終を眺めていた。暗い表情でこつんと壁に頭をあてる。
「よくないよ」
突然、後ろから一ノ瀬誠が彼女の肩に顎を載せて囁いた。
「なにも知らない子たちを利用するのは」
「おっしゃる通りです」
裁かれている気分なのだろう。美登利はしょんぼりうなだれている。
(おまえを裁くのは俺じゃないけど)
誠の目線の先、池崎正人は怖い顔のまま何か考えているようだった。
午前の授業が終わるのを待って、小暮綾香は自分の教室を飛び出した。同じく学食へ走り出していく生徒の流れから外れ、特別教室が固まっている北校舎の方へと向かう。
佐伯と話がしたかった。
入学してすぐ好きになった人。同じ一年の女子と付き合っているふうだったから始めは見ているだけだったけれど、別れたことがわかって告白を決意した。
『あの人はよくないと思う』
今まで口答えなどしたことがなかった恵に反対され、
『やめた方がいいよ。綾香ちゃん』
腹が立ったし寂しかった。友だちなら、なにをおいても応援してくれるべきではないのか。
『どんな人かもわからないんだし、もう少し様子を見た方がいいよ』
なに言ってるんだか。恋は早い者勝ちなのだ。ぼんやりしているうちに新しい彼女ができてしまうかもしれない。
だから綾香は行動した。そして勝ち取った。そう思ったのに。
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