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『綾香ちゃん、なんにも楽しそうじゃないよ』
その通りだった。全部恵の言った通り。
けれど綾香はそれを認められなかった。恵の言葉を無視して、存在を遠ざけて、気がつけばひとりになっていた。恋をしていたはずなのに、自分ひとりきりに。
いつも休み時間をすごしているその場所に佐伯裕二はいた。いつも通りひとりきり。
彼は、ひとりきりをなんとも思っていない。綾香とは違う。誰がいたってきっとこの人は、ずっとひとりきりなのだ。
「先輩」
呼びかけたが佐伯はこっちを見ない。
「今朝は、ごめんなさい。わたし、よくわからなくなってしまって。でも、恵が」
そう、悪いのは恵だから。悪いことは全部恵のせいにして、そうすれば、きっと。
「めんどくせえ」
なんの脈絡もなく、こらえきれないように、佐伯が低く言葉を吐き出したのはそのとき。
「あんたしつこすぎ。たいていが二三日で見切りをつけてくのに馬鹿なの、あんた? もしかして自分なら、とか思ってる? ないから。いい加減諦めてくれよ」
「……ひどい」
「酷い?」
佐伯は両手で綾香の頬を掴んで持ち上げ、至近距離から彼女の目を覗き込んだ。
「酷いのはどっちだよ? 俺は最初に言ったよな、あんたのことは好きでもなければなんの興味もない、石ころ同然だって。こんなこと言われてもまだ好きとかいう神経どうなってんの? 俺の面の皮一枚にそこまでなって友だちを捨てたりするのは酷いって言わないの?」
「……っ」
綾香の目に涙が浮かぶ。
ぼすっと佐伯の背中に何かが当たった。弁当箱が入っているらしい巾着袋ががしゃんと音を立てて床に転がった。
「綾香ちゃんは悪くない!」
大きな瞳をいっぱいに見開いて須藤恵が叫んだ。
「綾香ちゃんは、悪くない。綾香ちゃんから離れろ!」
「恵……」
ずるっとよろけるようにして綾香が恵に手を伸ばす。
「綾香ちゃん」
「ごめん……ごめんね……。本当にごめん……」
恵にしがみついて綾香が泣き始める。自分も涙目になりながら恵はぎゅっとその体を抱きしめた。
自分の方こそ馬鹿馬鹿しくて涙が出る。あの女の口車にまんまと乗せられて、あげく我慢ができなくなって自分から勝負を投げ出してしまった。
きっとなにもかも、あの女の計算通り。実に馬鹿馬鹿しい。
気分転換に飲み物を買いに購買に向かった。
パンも売り切れて人気がなくなった自販機の前で、当の中川美登利とかち合ってしまった。
「……あんたの言った通りだよ」
小銭を入れコーヒーのボタンを押しながら、佐伯はつぶやくように言葉を落とす。
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