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「みどちゃん、ありがとう。やっぱりあなたに頼んで正解だったわ」
佐伯裕二の誓約書を受け取った岩下百合香はほくほく顔だ。
「たまたまですよ。本当にたまたま」
対する美登利はどこまでもローテンションだ。
「またまた! みどちゃんてば謙遜」
違うのだ。ぶっちゃけ美登利は佐伯裕二が苦手だ。そもそも話が通じないから言葉が届かない。まるで操れる気がしない。
それが今回手の内に転がり込んできてくれたのは、佐伯の方で何か変化があったからだろう。それは、もしかしたら、小暮綾香のせいなのかもしれない。
「あら。みどちゃんてば、落ち込んでるの?」
百合香が眉をひそめて美登利に顔を寄せる。
「困るわ。私たち上級生を容赦なく蹴落としたあなたがそんなことでは」
「……」
「調理部のあの子たちのことは私も気にかけてあげる。せめてものお礼よ」
魔女がいたなら、ああいう顔をしているに違いない。機嫌よく去っていく後ろ姿に美登利はそう思う。
実行委員会の仕事に戻らなければ。気持ちを切り替えたくて窓の外を見た。朝より小降りになった雨は、けれどまだ止む気配はなく。戸外の作業が始まる頃にはまた晴天続きになればいいけれど。
「あいつらを利用したのか?」
美登利は振り返る。池崎正人が怖い顔で立っていた。
なにも言えない。答えない美登利に正人は更に表情をきつくして吐き捨てた。
「サイテーだな」
それから三週間がすぎて、あっという間の三週間で。加速度的に委員の仕事が激化して、池崎正人はなにも考えられなくなっていた。
あれから中川美登利とは一言も口をきいていない。もともと親しいわけじゃなかったから大した変化ではない。
ただ森村拓己からは態度が悪いと何度か咎められた。
「やっぱベニヤが足りないな。誰かもう二枚もらってきてくれ。一番大きいやつ」
「おれ行きます」
「ぼくも」
雨を避けてのピロティーでの作業はまわりが込み合っていてなかなか捗らない。
「週間予報だと来週は毎日晴れマークだったよ。当日は晴れるかな」
拓己が空模様を気にしながら言う。
食堂の前で小暮綾香と須藤恵に会った。
「どうしたの?」
「厨房から小麦粉とお砂糖持ってこいって言われたんだけど。入りにくいよね、食堂」
「ああ……」
確かに。ここはもはや三年生の牙城だ。
「ぼく行ってきてあげるよ」
慣れたもので拓己はまるで臆することがない。
「わたしも行く。あんたはここにいて」
こくこく頷く恵を残して綾香も行ってしまう。
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