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「仲直り、できてよかったな」
今更だが正人が言うと、恵は嬉しそうに頷いた。
「ほんと。わたしの中で文化祭が悲劇になるとこだったよ」
「そうか」
正人の中で、何かがすとんと落ち着いた。当の本人を差し置いて、自分はなにをあんなに怒っていたのだろう。
ただ、たとえば自分が弱みを握られこき使われていることに関しては、屈辱はあっても哀しくはない。男だし、泣くほどのことではなくて。
でも、恵も綾香も泣いていたから、それはよくないと思った。恋愛というものは自分にはまだわからないけど、そういう気持ちを利用したり巻き込んだり、そういうことを。彼女に、してもらいたくなくて……。
はっと正人は物思いから醒める。拓己と綾香が戻ってきていた。
「砂糖って重いね。運んであげようか?」
「大丈夫だよー。うちらけっこう力あるもん」
拓己から荷物を受け取りながら恵が笑った。
「森村くん、ありがとう。池崎くんも」
「ありがと」
小暮綾香がぽつりと言って恵を促し行ってしまった。
「池崎、ぼくらも急ごう」
「ん」
生徒たちに下校を促す放送が流れて、その日の作業はやっと終わりになった。正人は最後まで片づけにつき合わされてしまったから他の皆より帰り支度が遅れてしまった。
昇降口前の廊下は既に薄暗い。前方からファイルや模造紙の束を抱えた中川美登利が足早にやって来た。正人に気がつく。
「この前は」
正人が口を開くと美登利は立ち止まった。
「言いすぎました。ごめんなさい」
ぷっと美登利が吹き出す。は? と正人は眉を吊り上げた。人が素直に謝っているのにこの女は。
「ごめん、ごめん」
くすくす笑いながら美登利は目元をぬぐった。
「池崎くんていいよね。男の子らしくて」
馬鹿にしてるのか。もういい、そう思って歩を進める。
「謝らないでよ」
すれ違いざま美登利が言った。
「悪いことしたのは私。あなたが謝ることはない」
向こうを向いたまま彼女は淡々と続ける。
「それに、たぶん私は、また同じことをするだろうから」
肩越しに振り返り、正人は黙って目を見開く。
「どんなにひどいことでも、それが学校のためになると思えば、私はなんでもしてしまう。だからね」
ほんの少し正人を見返って、美登利は微笑む。
「そういうときには、あなたが私を止めて」
「……」
「ね?」
おつかれさまと言い足して、美登利は階段を上っていった。あとに残された正人の耳に雨音だけが響く。
あんなふうに、そこまで彼女に思わせる青陵とは、いったいなんなのだろう。その答えはまだ、正人にはわからない。
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