Episode 03 長い一日

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 夢を見ていた。子どもの頃の夢だ。  昔昔、自分の家の近所に天使がいた。  愛らしいとしか言いようのないその外見。仕草。行儀の良さ。大人も子どもも夢中になって彼女を褒めたたえた。  しかし言葉を覚えていくのと比例して、天使は徐々に本性を現し始めた。  口を開けば辛辣に相手をけなし、気に入らない人間には氷点下の一瞥。美貌な故に恐ろしさも倍増する。  悪魔の方が天使よりも美しいのかもしれない。子ども心にそう思い知った頃、とあるつわものが彼女に言った。 『ねえ、みどちゃん。ぼくとケッコンしなよ。ぼくんちお金持ちだから』 『ええ? いやだ。わたしはお兄ちゃんとけっこんするんだから』  もろに氷の眼差しを浴びながら、彼はそれでも怯まなかった。 『ばかだなあ。おにいさんとはケッコンできないんだよ。だからぼくと……』  みなまで聞かず、彼女はくるっと誠の方を見返った。 『ほんとう? お兄ちゃんとけっこんできない?』 『うん』  不安そうに歪む瞳に吸い込まれそうになりながら誠は頷く。 『ほらね。だからみどちゃん、ぼくと……』 『それならまことちゃんとする』  ぎゅうっと誠の体にしがみつき、彼女は高らかに宣言した。 『まことちゃんとけっこんする! あんたとはしない、あっちいけ!』   「あ、起きた」 「暑い」 「お馬鹿さん。こんな窓もないとこで寝入って」  冷たいペットボトルを頬にあてられ、ようやく意識がしっかりしてくる。  図書館奥の閉架書庫。静かな場所を求めてここまで入り込み、すっかり熟睡していたようだ。 「夢を見たな……。子どもの頃の。高田が出てきた」 「それ、虫の知らせなんじゃない?」  夢で垣間見たように美登利の表情が冷たくなる。 「来るんですって、高田」  誠はようやく体を起こす。 「それじゃあ、行かなきゃだな」  襟元を整えネクタイを締め直す。 「しっかりね」  額の髪をかき上げ美登利がハンカチで汗を拭く。 「私は澤村くんのリサイタルに行くから」  優しいことをしてくれると思ったらこれだ。指で彼の髪を整えている彼女の手を握る。 「……ほら。しっかり」  美登利はその手を握り返して誠の腕を引っ張った。  手をつないだまま書庫を出て、図書館の出入り口に向かう。防音防火を兼ねた重い扉を開けたとき、ちょうど放送が聞こえてきた。 『ただいま一時になりました。放送部、船岡和美の突撃レポート、いよいよ午後の部です! 現在私は、未だに長蛇の列が途切れない「大正レトロカフェ」の前に来ています。校門前は新たに来場してくるお客様で賑わっておりますが、なんとここで! サプライズ! 我が青陵の好敵手、西城学園高等部の高田生徒会長が来場してくれています』
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