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「人気のない静かな場所とか、夏には涼しい、冬には暖かい場所とかすぐ思いつく?」
「え? ええ、まあ、他の人よりはたぶん」
にこっと極上の笑顔になって美登利が彼の手を握る。
「君、一年生だよね。クラスと名前は?」
「一年四組の本多崇です……」
こうして受難者がまたひとり……。
「ちょっと楽しみだったんだけどな、選挙」
「馬鹿言うな」
「水面下での鍔迫り合いの結果だな」
いくらか静けさを取り戻した日の放課後。図書館に寄っていくという片瀬とはそこで別れ、池崎正人と森村拓己のふたりは昇降口に向かった。
「こんな時間に帰れるの久しぶりだね。ちょっと駅前まで行ってみる? たまにはさ」
「そうだな」
あくびをかみ殺して靴を履いていると、同じ一年の小暮綾香と須藤恵がやって来た。
「珍しいね、帰り一緒になるなんて」
「ふたり電車通だっけ?」
「うん」
連れ立って歩きながら会話している拓己と恵の様子を少し後ろから綾香がじっと見つめている。それを更に後ろから眺めながら正人は大きなあくびをした。
「あ、美登利さん」
大通りに出てすぐの交差点で中川美登利がひとりで信号待ちしていた。
「珍しいですね。帰り道で会うなんて」
「そうね。買い物がしたくて今日は早く出たから」
「どこ行くんですか?」
「本屋さんと、駅前のケーキ屋さんで季節の限定品が出てないかチェックして」
「先輩、甘いもの好きですか?」
「好きだよ。ケーキは見た目が大事かな。オペラってケーキ知ってる?」
「知ってます!」
「あの佇まい、美しいよねえ。ずーっと眺めていられる」
「ミルフィーユはどうですか」
「可愛いよねぇ。あれ、ぐちゃぐちゃにするのが好きなんだ」
恵はすっかり美登利になついてしまっていて、拓己を差し置いて会話を弾ませている。それを後ろから綾香がじっと見ている。
なにを思うでもなくその様子を眺めていた正人だったが、綾香が急に自分の方を見たのでびくっとしてしまう。
「……なに?」
綾香は答えずにふいっと目線を戻す。
「池崎、僕らも本屋寄ってこうよ」
書店のビルの入り口で拓己が呼んでいた。
「おれ、この辺見てるから」
雑誌の新刊を眺めていると、後ろで他校の男子生徒がひそひそ話す声が聞こえた。
「青陵の中川美登利だ」
「美っ人だなあ」
彼女は特設コーナーのハードカバー本を見ている。その姿を見て正人は気づく。
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