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「待ちなさい。あなたに話がある」
ぐっと綾香は目に力を込めてすみれを威圧する。
――いい? 高慢ちきでプライドの高い人間は、より高圧的な態度で圧し潰すんだよ。二度と起き上がってこれないよう徹底的に、容赦なく。
「なんですの、あなた」
「彼と付き合いたいならわたしを倒してからになさい。勝負だよ」
すみれに指を突きつけ宣言する姿に、その人を知る生徒たちは全員が既視感を覚える。
「あのものの言い方、まるで……」
「うーむ」
つぶやき合う拓己と片瀬の横で正人は厳しい顔をしている。
――勝負って、負けちゃったら元も子もないんじゃ。
――上手くこっちの土俵に上げるんだよ。カノジョの座を争うのだったら、女らしさの勝負でしょう。
料理とか、裁縫とか。美登利はくすりと笑って下から綾香を見上げた。
――女の子らしさだったらあなたは負けないでしょう?
「なんの権利があってあなたがそんなこと言うの。関係ないのじゃありません?」
「関係あるよ。私は……」
お腹に力を込め、堂々と怯まず、偉そうに。反論を挟む余地など与えぬくらいに。
「この人の元カノジョなんだから!!」
文句あるか、と高らかに宣言すると、ギャラリーから歓声と拍手が沸き起った。
(恥ずかしかった……)
でも、どうにかなった。料理でも裁縫でもアイロンがけでも、綾香の腕は一枚も二枚もすみれより上だった。敵わないことがわかったすみれは綾香をお姉様みたいと言いだし、弟子入りするとさえ言い出した。
正人のことはどうでもよくなったらしい。高校生になって、いち早く人気者の彼氏が欲しかった、そんなところなのだろう。自分も新入生の頃はそうだった。人目を惹く佐伯裕二に一目惚れしてどうしても付き合いたかった。綾香は苦く思い出す。
疲れて屋上庭園で缶コーヒーを飲んでいたら、正人が来て言った。
「なんだよ、あれ。まるで先輩みたいに」
「それはそうだよ、中川さんにレクチャーしてもらったんだもん」
「先輩に話したのか? 余計なことして、先輩に手間取らせるなんて」
「お仕事として引き受けてもらったんだよ。お代だって払った。文句ないでしょう」
言い捨てて綾香は足早に階段を下りる。
(先輩、先輩って。そればかり)
もう駄目だ。彼はすっかり悪魔に捕らわれてしまっている。目がおかしくなっている。悪魔の鏡のかけらを彼の眼から取り上げなければ。
大好きな彼を、むざむざ渡したりなんかしない。決意も新たに綾香はくちびるを引き結んだ。
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