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第三話 からだとこころ
「まーこーとーくん。元気そうだねえ」
わざとらしく手を振る中川美登利の姿を改札の向こうに見つけたとき、その能天気な笑顔に殺意を覚えなかったといえば嘘になる。もう一緒に死んでしまおうか。
「怒らないで」
だけど彼女が眉をひそめて一言ささやけば、そんな気分は吹き飛んでしまう。いつものことだ。
「よお、お疲れ」
ロータリーの駐車スペースに停めた車の運転席から宮前仁が顔を覗かせる。
「運転上達したんだろうな」
美登利に押されて助手席に乗りながら一ノ瀬誠は半信半疑で尋ねる。
「もちのロンさ」
嘘っぽい。春休みに乗せられたときにはあわや天国が見えた。宮前と心中などごめんだ。
「ウソウソ。これからカーブ満載の道を行くんだよ。辞世の句を用意しとこう」
「縁起でもねえから、聞かせてみろや」
「そうだねえ……『チョコレート もっとたくさん 食べたかった あの憧れの 高級チョコ』どう?」
「まだ食うのか。いつか血管をチョコが流れるようになるぞ」
「本望だよ」
「想像すると気持ち悪いな」
「……。おまえらふたりとも、呑気だなあ」
誠は脱力して目を閉じる。大学生活が始まって一か月、思っていたより気持ちがささくれ立っていたらしい。幼馴染たちのもとに戻ってきてそれが良くわかった。
翡翠荘に着いて女将と淳史に挨拶し、着替えをしてからさっそく竹林に向かった。
「五月入るともう暑いな」
「ほんと」
竹林では連休早々にこっちに来ていた森村拓己と池崎正人がタケノコ堀に精を出していた。
「お待たせ」
「よーし、やるか」
「よろしくお願いします。雑木林の方は終わってます。こっちはやっぱり探すのに手間取るんで」
「どれどれ、踏み踏み要員にまかせなさい」
いつものようにタケノコの頭を探すのが上手い美登利が下準備をしていく。
「池崎くんは実家に帰らなくて良かったの?」
密集した隙間を掘りながら訊かれて、池崎正人は鍬を動かす手を少し止める。
「盆暮れ正月で十分だよ。今は兄貴が行ってるみたいだし」
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