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シャツの裾から潜り込んだ手が肌をまさぐる。まあ、我慢我慢。だが、その手が下に伸びたところで我慢の限界が来た。
「ちょっと、やめようよ。……ねえ」
返事はない。聞く耳持たずか、いい度胸だ。やむを得ず、本当にやむを得ず、愛する恋人のみぞおちに思い切り肘鉄を食らわせた。
帰りの車中。終始無言のままどす黒いオーラをぶつけあっている二人に、宮前の堪忍袋の緒が切れた。
「おまえら、いい加減にしろ。仲直りするまで帰ってくんな!」
ぺいっと最寄り駅で放り出された。
「……」
「……」
はあっとため息をついて切符を買い、ホームで電車を待つ。
「仁に気を使わせてるようじゃ駄目だな」
「仲直りしようか」
そこからは手をつないで乗換駅まで戻った。
「プチ観光してく?」
昼前だったからいつもの店のハンバーグが食べたいのだろう。美登利が提案したのに誠は頷いた。
シャワーから出ると美登利ははだかにバスタオルをかけただけの格好でさっきの店で貰った観光マップを眺めていた。
「風邪ひくぞ」
それを無視してベッドの上から手招きされた。腕を伸ばして誠の髪を拭いてくれる。
「夏休みさ、どこか行ったことのないとこに旅行に行こうよ」
「たとえば?」
「各駅停車の旅とか。せっかく長い休みなんだから」
「予定盛りだくさんだな」
「考えるだけで楽しいでしょう」
考えるだけなのか? そこで誠はまた嫌な予感がしてくる。今夏休みの話をするということは約束だけして放置されるということか。無理だ、考えられない。
「それまで長いな。月に一度は帰ってこようかな」
「おばさん喜ぶんじゃない、寂しそうだもの。一人っ子はお母さんを大事にしなくちゃ。お兄ちゃんなんか……」
ためらうように美登利の声が小さくなる。
「……巽さんはちょくちょく帰ってきてた」
「そうだね」
話を変えたくて美登利はうしろから彼の頬にキスをした。
「おまえはいつも駅まで迎えに行って」
やめてもらいたくて抱きしめるのに、
「巽さんも寂しかったりしたんだろうか」
「お兄ちゃんが……?」
「俺は寂しいよ」
「私だって」
嘘じゃない。頬をなぞってくちびるを寄せる。
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