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第四話 幼き約束
「おねえさん、便利屋だって? なんでもやってくれるの?」
「そりゃあ、事と場合によるけれど」
「ボクのパートナーになってよ」
コーヒーを吹きそうになった池崎正人の前で、中川美登利は眉をひそめてその少年を見下ろす。
「ウォークラリー大会で優勝したいんだ。おねえさんボクと組んでよ」
これ、と彼はA4サイズのチラシを取り出す。一週間後に開催される街中ウォークラリー大会のものだ。親子やカップル友人など二人以上一組での参加を条件としている。
「おねえさん頭もいいし、勝つためならなんでもやるってね。ボクを優勝させてよ」
ますます眉をそびやかす美登利に向かって少年は更に言った。
「そしたら賞品はおねえさんにあげる」
「賞品が欲しくて参加するんじゃないの?」
「ボクは優勝したいだけ。賞品はあげる」
美登利はもう一度チラシに目を戻す。優勝賞品は、駅周辺の商業施設で使える商品券と、本来だったら朝から並ばなければ手に入らない人気スイーツ店の限定商品引換券。
キラッと瞳を上げて美登利は微笑む。
「いいでしょう。おねえさんが君を優勝させてあげる」
まあ、そうなるよな、と正人はため息をついた。
その三十分後、また同じくらいの年の少女が依頼にやって来た。
「わたしとこれに参加してください」
A4サイズのチラシを取り出す。一週間後に開催される街中ウォークラリー大会のものだ。
「どうしても優勝したいの。賞品は全部あげるから」
「……」
美登利は腰に手を当て少し黙った後、優しく少女に説明した。
「申し訳ないけど、先約があって私は引き受けられないの。代わりにこの池崎くんが一緒に出てくれるからね」
二杯目のコーヒーを飲んでいた正人は今度こそ吹きそうになる。
「優勝できる?」
「もちろん。ねえ、池崎くん」
まだいとけない面差しの少女が正人をじいっと見上げてくる。
「う、うん。わかった」
ここで拒否れる奴がいたらお目にかかりたい。正人はあきらめの境地で頷く。
少女が帰った後、美登利に尋ねた。
「いいの? 依頼が被っちゃったけど。どっちかは優勝できないわけだろ」
「絶対なんて約束はしてないもの。役目をほっぽり出すわけじゃなし、報酬自体優勝できたらって条件なんだから」
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