第六十五話 境界線

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 クリスマスイベントの本番を前に仮設ステージの準備が進んでいて、ちらほらとワゴン販売の屋台も見える。それを眺めながらレンガの河川敷に下りていく。 「ここはあんまり変わらないね」 「こっち側の風景はそうだな」  いつも出入りしている住宅地側の芝生の河川敷には犬の散歩の人やジョギングする人々が行き来している。良い天気だから日差しは暖かく感じる。ロータスの赤いエプロンの上にコートを羽織った美登利は、また重い表情になって川面を見つめている。  先日見かけた村上達彦も憂鬱そうな表情で主のいない店内でひとりで煙草をふかしていた。何かあったのはわかっても尋ねることができずにいる正人を、達彦は鼻を鳴らして手招きした。 「先輩が元気ないっす」 「原因なんかひとつだろ」 「そうっすよね……」  おそらくこの先まだ何度でも繰り返すだろうやりとりだと感じると、正人はどうしても思ってしまう。もういっそ、望むままにすればいいのに。それでも自分は離れはしない。だから彼女がそれで楽になるのなら……。 「ばーか」  思考を読んだらしい達彦に一刀両断されて正人は我に返った。 「あのなあ。男と女になったら行きつくとこまであっという間だ。わかるだろ」 「それは……」 「それでどうして近親姦がタブーなんだと思ってる?」  ぞっとするような目で見つめられて正人の背筋も強張る。倫理観や道徳ではなく、もっと根本的なところで。 「あの子には耐えられないよ」  哀しそうに口元を歪めて達彦は紫煙を吐き出す。 「どんなに悪ぶったところであの子は優しい良識家なんだ」  どれほど泥を被って汚れたとしても。 「あの子の中で越えたらいけないボーダーラインがあるんだ。それを越えたらきっと戻ってこない」 「それはダメだ!」  思わず叫ぶと達彦は吸いきった煙草を灰皿に押しつけながら笑った。 「俺も一ノ瀬もそう思ってる。他の連中だってきっと」  だけどこれほど想っていても彼女が本当に欲しいものは差し出せない。愛しているのに自分のことばかりだ。大好きだから縛ってしまう。本当はもっと楽な道だってあったはずなのに。  やるせない思いを頭の中で駆け巡らせていると、そんな胸中を感じ取ったように美登利が振り返った。そのときだけ陰りを取り払った表情で笑ってくれる。 「クリスマスだね」 「うん」  先輩は何が欲しい? 彼女は何も欲しがらないことをわかってはいても心の中で問いかける。すると彼女はいきなり両手を上げた。
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