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自分たちで考えた誓いの言葉を述べた後、この場で婚姻届けに記入するのだそうだ。両家の家族がその証人というわけだ。
美登利はため息を落とさないようにしながら新郎控室をそっと覗いてみる。さっきまで母親たちが賑やかにしていた反動か、巽はぽつんと所在なげに鏡の前に座っている。こんな兄の姿は珍しい。指を差して笑ってあげれば喜ぶだろうか。
ドアの隙間から覗いている美登利に気づいて巽は頭を上げる。
「やあ」
「素敵だね。高原ウェディング」
「そう思う?」
「病めるときも健やかなるときもって、やらないんだよね」
「死がふたりを分かつまで? 聞きたかったの?」
「うん」
控室の窓からは冬空の下の芝生が見える。暖かい場所だからか、それとも人工芝なのか、冬だけど青々としている。幼いころ近所の芝生広場で思い切り駆け回っていたのを思い出す。兄がいて、誠がいて、宮前もいて、毎日が本当に楽しかった。欠けてるものなど何もなかった。ただ自由だった。
大人になんかなりたくない。そう思ったこともある。けれどどうしたって体は大きくなって女になる。兄も誠も遠ざかって寂しかった。勝手なことばかり押しつけてくる男たちが憎かった。どうしても欲しいものは手に入らないのに。
失うことが大人になることなら、満ちて余りあるものがこの先あるのだろうか。美登利にはわからない。わからないから手の届くものすべてがやっぱり欲しい。
「ねえ、お兄ちゃん」
厳かに巽を呼ぶ。
「神さまに誓わないなら私に誓って」
巽はぱっと顔を輝かせて立ち上がる。
「死がふたりを分かつまで?」
「そう」
死がふたりを分かつまで結ばれることはないから。ここで誓って心が欲しい。愛しているのはあなただけ。
* * *
卒業式の袴姿の写真は誰がどう見ても可愛かった。それなりに親しくなった友人がいるらしく、その点だけは名残惜しそうにしていた。
「吹田さんならいつでも会えますよ」
坂野今日子に慰められて、そうかなあとしょんぼりしていた。
小宮山唯子や杉原直紀など高校時代の親しいメンバーと集まる予定もあるし、錦小路紗綾嬢にも会いに行かなければと美登利は忙しそうだった。
また置いてけぼりになった気持ちで正人は寂しく思う。それもあと一年の我慢だと自分に言い聞かせる。あと一年、同じ社会人になれば年齢の違いなんか関係なくなる。
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