最終話 結婚

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 一応、学生の間はセーブしていた便利屋稼業もフル回転だった。知り合いたちも頼みたいことがあっても一応遠慮していたらしい。彼女はなんだってできるから優秀なのだ。コツコツと実績を積んで出来上がったツテやパイプもある。  家業に本格的に参加しだした宮前仁には住宅イベントのステージを頼まれた。今までのやり方じゃつまらないからと宮前も自身のネットワークをフルに活用する気でいるらしい。 「着ぐるみより、顔をさらしてモデルハウスにいてくれた方が客は集まりそうだけどな」  うそぶいた宮前は誠に睨まれて肩をすくめる。 「ねーえ、みどちゃん。モデルやってよ」 「それは無理です」  岩下百合香の依頼には応じられない。目立たず生きていくのだという課題はなかなか難しそうだけど、そうしてほしいと正人も思う。  新生活に慣れるまで皆が四苦八苦している中、村上達彦は相変わらずのんびりと琢磨と煙草を吸っている。彼はよく学生の自分たちを「ちゃんと勉強してるのか?」と疑わし気に見ていたが、こっちだってそれは同じだ。通勤している風はあるけど、どれだけの仕事をこなしているのか謎で仕方がない。  それを言ったら、志岐琢磨や中川巽もそうなのだが。いったいどんな仕事をしているのか。社会には不思議なことがたくさんあって、そして人それぞれなのだろう。型にはめて判断するのは愚かなことなのだ。  正人はそう思っても世の中の人たちはなんでも型にはめようと頑なだ。型にはまらないことを選んだことがきっと負い目になる。けれど正人といて彼女が微笑んでくれればそんな不安は吹き飛ぶ。何度でもそうやって確かめては心を強くしていく。この先何度だって。  数か月後、誠と美登利は婚姻届けを提出した。役所で貰った婚姻届受理証明書を皆の前で掲げて堂々と美登利は報告した。それはとても彼女らしいやり方で。  誠は終始無言のままだったが、何をどう形容すればいいのかわからない表情で、それにムカつきはしたけれど。正人も達彦もやっぱり無言のままで名実ともに夫婦になったふたりを見守った。  素直で優しかったり、冷たかったり身勝手だったり、歪んだり移り気だったり、強欲だったり凶暴だったり。それでも離れなかったふたりは、幼いころの約束をようやく果たしたのだった。
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