第一話 新しい日々

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「……先輩、さっきのやめた方がいいよ」 「さっきの?」 「帽子の影からチラって見るの」  ゾクっとした。あばたもえくぼというわけではなく、むしろ彼女に免疫のない男なんかイチコロに違いない。 「知らない男にあんなふうにしないで」 「そう? 気をつけるね」  美登利も意外と素直に言うことを聞いてくれたりする。率直な言葉には率直に、敵意には敵意で。そんなふうにありのままで彼女は応えるから、自分もありのままでいようと思う。  大好きなんだ、あなたが好き。その気持ち、そのままに。 「帰るからここでいいよ。どうもありがとう」 「バスすぐ来る? 一緒に待ってる」 「過保護だなあ」  美登利の自宅のある高台の住宅地へのバスは発着場の一番奥、ビルとビルの間の路地の角になる。  その路地から、小柄な男が走り出てきて何事かと思う。路地の方から力のない女性の叫びがかろうじて聞こえた。 「泥棒っ」 「池崎くん」 「うん」  駅とは反対の居酒屋街に逃げ込む男を追いかける。苦も無く追いつき、背後から蹴りを食らわせた。べしゃっとつぶれた所を押えつけハンドバックを取り上げる。 「ああ、ありがとう」  後ろから美登利に手を引かれてやって来た初老の女性が礼を言う。 「すぐそこに交番があります。ご一緒しますね」 「まあ、悪いわ」 「いえいえ」  にこにこと微笑みながら、美登利は女性にカードを渡す。 「ちなみにわたくし、こういうことをやってます。お困りのときにはお声をおかけください」 「さっき、何を渡してたの?」 「あげてなかったっけ?」  名刺サイズのフライヤー。喫茶ロータスの名前と情報、その下に、 『便利屋常駐。よろず雑用引き受けます。お気軽にご相談ください』 「先輩……」  だめだ、この人。またろくでもないことを始めた。正人は空を仰ぐ。  煩わしいことはキライなくせに退屈するのも大嫌い。本当にどうしようもない。 「タクマさんがよく許したね」 「タクマは私の味方だもの」  はあっと正人はため息をつく。 「危ないことしないでよ」  心底心配して言ったのに、美登利は無言でにやっとする。だめだ、この人。目が離せない。  こうしてまた新しい日々が始まる。池崎正人の受難はまだまだ続く。
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