26人が本棚に入れています
本棚に追加
/59ページ
「帰るか」
ポスッと美登利の頭にキャップを被せ、荷物はそのまま持ってやりながら宮前は促す。キャップのつばで顔を隠したまま美登利は頷いた。
帰る道すがら聞いてみると、姿を消したその日に美登利は誠の下宿に行っていたらしい。
「そしたら女の子が入ってくのが見えたから、そのまま電車でぶらぶらしてきた」
何故だか自嘲気味に口の端を吊り上げる。
「しばらくしてもう一度来てみたらやっぱり女の子がいて」
会わないまま、またふらふらしていたそうだ。
「今日また、その子がいたならもういいやって思った」
「もういいやって、おまえ……」
「本当はああいう可愛い子が良かったんだろうなって。もう我慢することもないし、好きにすればいいって」
一瞬言葉を詰まらせてから美登利は小さく笑った。
「そしたらあんたが来てがちゃがちゃ始めて、仕返しがどうのなんて聞こえてきたから、ものすごく腹が立った」
「そうか」
「一緒にするなって思った。私は、本気だった」
「そうだよな」
「そもそも私が悪いのに、殴っちゃった」
「おまえらしいよ」
美登利が黙ったから宮前も黙ったままでいた。
地元が近づいてきたころ、宮前は言った。
「誠が謝ってきたら許してやれよ」
そもそも順番が逆なのにおかしなことを言う幼馴染に美登利はくすりと笑う。
「いい奴だね」
「おまえといると鍛えられるからな」
それはおまえにやる、と黒革のキャップの上から頭をぐりぐりされた。
「はは、なんだそりゃ。傑作!」
なんで動画に撮らなかったんだと爆笑する村上達彦を、宮前は恨めしい目つきで見る。
「やっぱり話すんじゃなかった……」
「いいや、よく話してくれた。小遣いやりたいくらいだ」
大はしゃぎな達彦に道を誤ったと宮前は後悔する。カウンターの向こうから琢磨に睨まれたから一層だ。
ひとしきり大笑いした後、煙草に火をつけて達彦は唇を歪めた。
「この場合、あの子の言い分が正しいな。一緒にするなって」
煙でドーナツを作りながらにたりとする。
「言うだろ。男の浮気は遊びだけど女の浮気は本気だって」
「そう言ってました」
「……関係を持った時点であの子は池崎のものなんだよ。一ノ瀬は負けたんだ」
「そうなんすかね」
「それで池崎を手放しちまうんだから、あの子も人が良い」
「そうなんすかね……」
最初のコメントを投稿しよう!