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イラっとして宮前は男らしい眉を吊り上げた。
「俺が言っていいことじゃないけど、池崎は本気だったぞ。呆れるくらい本気だったぞ」
「本気なら何してもいいって言うなら俺だってそうだよ。本気でもう嫌になった」
「違うだろ、そういうことじゃなくてっ」
幼馴染の胸倉を掴んで宮前は口元を震わせる。
「あいつになんて言うんだよ」
「普通に見たままを話せばいいだろ。これで少しはこっちの気持ちもわかるだろうさ」
「おまえ、やっぱりただの仕返しなんじゃないか」
「当り前だ、でなきゃ誰が……」
完全に頭にきて宮前がぶるぶる震えていると、その腕を誰かの手が止めた。
宮前の黒革のキャップを被っている。ジーンズにスニーカー、体の線が隠れる緩めのパーカーとまるきり男の子な格好だが、それは中川美登利だった。
もう片方の手で自分の頭からキャップを取って、驚いている宮前の頭に被せる。髪まで短くボーイッシュになっていて更に驚く。
肩に下げていたデイバッグを落として男二人の間に割り込むと、美登利は至近距離から誠に向かって拳固を振り上げる。
とっさに誠は軸足を下げて間合いを取ってしまう。しまったと思ったときには遅かった。美登利が得意な後ろ蹴りを繰り出すのに絶妙な距離を与えてしまったのである。素早い動きに避ける間もない。
みぞおちにスニーカーの踵が入って通路の突き当たりまで蹴り飛ばされた。そのまま馬乗りになって胸倉を掴まれた。
「誰がこんなぬるい仕返しなんかしろって言ったの?」
彼女が本気で怒ったときに出す低い声。固く冷たい美貌の下に嘲りの色さえ浮かべて、かすれた声がささやく。
「一緒に死ぬって言ったよね。覚悟ができてなかったのはあんたじゃないの」
「……っ」
誠が振り払おうとするのを許さず平手を振り上げる。一発、返す手でもう一発。
止めに入るタイミングを計っていた宮前の後ろでうっとうしい悲鳴が聞こえた。へのへのもへじ女子が出てきてしまったようだ。
「めんどくせっ」
宮前は後ろも見ずに走り出すと美登利の体を抱え上げ、そのまま階段を駆け下りてすたこら逃げ出した。
美登利は宮前の肩の上で大人しくしている。人目が多くなる前におそるおそる下におろす。泣いているかと思ったらそうでもなかった。ただ眉を寄せて難しい顔をしている。
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