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「百までとして、まだ五分の一でしょ、やだなあ、疲れたなあ」
「死ぬのか、おまえは」
「そんなもったいない」
笑ってつないでいた手を揺らす。今日はずっとこうしている。嬉しいが常にはない行動が不気味だった。
小学校も春休みなのか子どもが多い。賑やかな場所は避けて史跡巡りをした。島を一周しようと海岸沿いの遊歩道を歩く。美登利が急に思いついたように言った。
「今度さ、磯遊びとかしようか。童心に帰って」
「いいよ。去年はおまえだけ夏休み満喫だったからな」
「ああ、そうだ。今年はタケノコ遅いんだって。どうせ春休みには行けないし、だったら五月の連休に泊りで行こうかって」
「手伝う」
「そう? じゃあ次に出かけるのは五月ね」
無邪気に笑って言われて頷いたけど、待てよ、と今の会話を反芻してみる。まさかそれまで自分は放っておかれるのか?
考えを読んだように美登利は誠を見上げる。
「そんな顔しなくても。別に私がいなくたって案外平気……」
ぐいっと肩を掴んだ。美登利は驚いて言葉を止める。
「なにが言いたい?」
心底腹が立った。この女はなにもわかっていない。自分のことなどなにも見ていない。いつも背を向けているから。隠すように、守るように。そんなにその想いが大切なのか。だとしても、
「離れない」
すべてを捧げた。自分を変えて、捻じ曲げて、もう自分がなんなのかもわからない。それを今更、離れようとしたって許せるはずがない。
「絶対に離れない」
彼女の瞳に自分が映っている。きれいな目、その端でいつも違う世界を見ている。気がつかなければ幸せだったろうか。知らないでいることを幸せだと思えただろうか。
(そんなことない)
瞳に涙が光るのを見ながら誠は思う。全部が知りたい。全部が欲しい。たとえそれで傷ついても。
「泣く奴があるか。反則だぞ」
「違う……。そういうわけじゃなくて」
ぽろぽろ涙をこぼしながら、美登利は懸命に話す。
「ほっとして、気が抜けたら、急に涙が……なんでか、わからないけど……」
ぎゅっと眉を寄せて顔をぐしゃぐしゃにする。三年ぶりに見た泣き顔は、あのときとまるで変わらない。
――一緒に帰ろう。
――うん。
「馬鹿。我慢するからだ」
「うん……」
タオルを取り出して顔を押さえると、ますます涙が出てきて止まらなくなった。この数か月で一生分の涙を出し尽くしているのじゃないかと自分でも思う。どうかしてしまったのじゃないかと思う。
「ごめんなさい」
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