27人が本棚に入れています
本棚に追加
* * *
「じゃあ、美登利さんは見送りに行かないの?」
小宮山唯子に尋ねられて美登利はカウンターの中から答えた。
「うん」
「えええ。私なんて下宿までついて行ってチェックしてこようと思ってるのに」
「チェック?」
「いろいろだよ」
わかってなさそうな美登利の顔にぷぷっと笑いながら船岡和美が言う。
「杉原くんじゃそんな心配ないだろうに」
「そんなことないよ、あんなに優しいんだもん。きっとモテモテだよ。心配だよ」
のろけなのか愚痴なのかはっきりしてほしい。
「和美ちゃんはどうなの。心配じゃない」
「心配は心配だけど、まずは自分が自律しないと、と思うわけですよ。やることやりもしないであんなに頑張ってる人に色恋でぎゃいぎゃい言うのは申し訳ない。脱依存ですよ」
「自由・自主・自尊ですね」
坂野今日子がやさしく笑う。
「えらいなあ、私の自律の精神は受験期間で使い果たしたよ」
「いいんじゃないの、ひとそれぞれで」
「そういうこと」
「美登利さん、また来ていい?」
「もちろん」
「じゃあ、今日はもう行くね」
「うちらも」
「また来てね」
三人が出ていくと店内はしんと静かになった。志岐琢磨はいない。
食器を片づけているとテーブル席の隅で気配を消していた村上達彦が口を開いた。
「君の友だちはみんないい子だな」
「それはもちろん。私なんかと仲良くしてくれるんだから」
洗い物をするために流しの水を出す。かたっと陶器の触れ合う音が時々響く。扉が開いてドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませ」
手の泡を流しながら顔を上げた美登利は少し驚いた。小暮綾香がずかずか彼女に迫ってきた。
「わたし、負けませんから」
「……」
「あなたみたいな悪魔にむざむざ彼を渡したりしない。必ず取り戻します」
「そう」
水を止めて手を拭きながら美登利はにっこり微笑んだ。
「なら、やってみせたら?」
「……失礼します」
入ってきたときと同じ勢いで綾香は出ていった。新聞の影で肩を震わせていた達彦が、こちらも勢いよく笑いを吐き出す。
「すごいな。あれ、池崎の元カノ?」
新聞を持って笑いながらカウンター席に座る。
「悪魔だって、その通りだろ。いやあ、すごいすごい」
ぐしゃぐしゃにしてしまった新聞を伸ばしながら達彦はにやりとする。
「ありゃあ、いい女だ。子どもを守る母親狼みたいで俺は好きじゃないけど」
「たいていの人はああいう子が好きでしょう」
最初のコメントを投稿しよう!