1人が本棚に入れています
本棚に追加
まだ5歳の少年は、母親がゾンビに変わってしまったとは思っていない。
小丸の大好きな母親は、きっと悪の組織につかまっているだけだと信じている。
世界で一番……いや、「ライダー」の次に強いと彼が思っている父親に会うことが出来れば、全ては好転すると無邪気に考えていた。
買ってもらったばかりのエナメルに輝くスポーツシューズを上手に履いて、玄関をそっと開く。
キィっと小さく軋んで開いた扉の隙間から冷たい風が流れ込み、小丸は思わず目を瞑った。
――ぴちゃ
足元に、水道からしずくが落ちるような音がする。
恐る恐る目を開けた彼の足元には、赤黒い水がぽたり、ぽたりと落ちてきていた。
落ちてくる赤い水をたどって目を上げる。
そこに居たのは、悪の組織の怪人。
「……ヴぁァァああぁァ」
剥き出しの歯茎から、血と体液の混じり合った液体を垂らしながら、それはドアに手をかけ、小丸を見下ろしていた。
言葉も出ない。
しかしそれでも、彼の本能の部分が頭の中で「逃げなきゃ! 逃げなきゃ!」と何度も警報を発した。
ドアを閉めて家に入ろうとしたが、ゾンビの手がドアにかかっていて、小丸の力では閉めることが出来ない。
仕方なく彼は目の前のゾンビの足とドアの間の小さな隙間を抜けて、玄関を飛び出した。
ゾンビの足に触れた肩から、ぞわぞわとした嫌悪感が体に広がる。
(怖い! 怖い! パパ! ライダー! 助けて!)
「ヴぁあぁァア!」
足元を通り抜ける小丸に向かって手を伸ばしたゾンビは、その無理な体勢のためにバランスを崩し、ドアにぶつかって転がっていた。
その隙に、彼は駅とは反対方向へと走る。
何度も母親の車で迎えに行ったことがある、父親の居る消防署への道を思い出しながら。
最初のコメントを投稿しよう!