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変身ポーズをとった小丸は、群がるゾンビに向かって「とぅ!」とライダーキックを放つ。
しかし、悲しいかな幼稚園児のキックは、大人の体格を持つゾンビには全くダメージを与えられなかった。
逆に弾き飛ばされて、小丸は地面に転がる。
覆いかぶさるようにして口を大きく開けたゾンビに追われ、立ち上がろうとした彼は、また足をもつれさせて転んだ。
転んだ先は川。
流れは緩やかなのだが、しっかり護岸工事された川は側溝のように深い。
あっという間に川の中央付近まで流された小丸の腕で鳴りつづけるライダーのテーマソングに引き寄せられ、ゾンビたちも次々に川へ落ち、なすすべもなく沈んでいった。
「おじいちゃん! ねぇ! あの子助けて!」
小丸に命を救われた形になった老人に向かって女の子が叫ぶ。
しかし、走ることも出来ないほどの怪我を足に負っている老人に、溺れる小丸を助けることは出来そうも無い。
ここであの子供を助けに向かって、もし自分も溺れるようなことになれば、孫娘の友里が一人になってしまう。そう考えると、とても助けに向かうことは出来なかった。
女の子と老人が見つめる中、小丸はもう沈みかけていた。
むやみやたらに手足を動かしたが、水圧で体を締め付ける衣服は体の自由を奪い、秋口とは言え冷たい水は、彼の体力を奪う。
ライダーのテーマソングが終わるのとほぼ同時に、彼は手足を動かす力も失せ、ゆっくりと冷たい川に沈んでいった。
――ばっしゃん!
周辺に居た全てのゾンビが入水し終え、水面で溺れていた小丸も沈み始めた静かな水面に、突然水しぶきが上がった。
迷いなく、沈みゆく小丸へ向けて、その赤茶色の柴犬はぐんぐん水を掻く。
最後に浮かんでいた小丸の幼稚園バッグが水面に没しようとするギリギリに柴犬は追いつき、水中の小丸の服を引っ張った。
その中型犬のどこにそんな力があるのだろうと驚くほどの素早さで、柴犬は水面を引っ張り、岸で待っていた老人の協力を得てその体を引き上げる。
人工呼吸をするまでも無く意識を取り戻した小丸の横で、犬はぶるぶるぶるっと体を振るい、川の水を周囲にまき散らした。
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