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「満くん、最善の道を選ぶだけが本当の幸せじゃないよ。君の望む幸せの形が家庭で、それを好きな人に与えてあげたいと思うのも間違いではない。でも、それをたった一人で決めてしまうのは独りよがりだ。人を幸せにしたい、人と幸せになりたいと願う時、それは一人で考えるものではなく、その相手と一緒に考えるものだ」
僕の手から雫さんの手へ、温もりが移っていく。
冷たかった手は少しずつ、少しずつ、人肌に変わる。
僕が、この人の手を温めている。
「君は自分の隣にいる事で夏樹が幸せになれないと言うけれど、その捉え方だって人によって違うの。その幸せは君には小さくて下らない物かもしれない……でも夏樹にとっては大きくてかけがえのないものかもしれないのよ?」
ちゃんと、人と手を繋いでいる。
届かないと思っていたのに、誰にも触れられないと思っていたのに、本当は違った。
僕の手を握ってくれた人は、たくさんいた。
先輩だけじゃない、ずっと僕を支えてくれた温もりはいっぱいあった。
宝井さんが頭を撫でてくれた事、加科さんが頭を撫でてくれた事。
清白には自分から触れてちゃんと頭を撫でてあげることが出来たじゃないか。
小春も、雫さんも、みんなちゃんと傍に居てくれた、背中を押してくれた。
手首に付いた赤い痣が、愛おしい。
「人間は価値観の違う生き物だからね、意見が食い違うのは仕方ないの。だから、それを擦り合わせるために言葉が存在するんだよ。君は彼にちゃんと声を伝えて、彼の声を拒絶しないで聞いてあげて会話をしなくちゃ」
ここは地獄なんかじゃない。
僕はちゃんと、みんなと同じ世界に生きている。
先輩を引きずり込むなんて、そんな事は在り得ないんだ。
だってずっと隣に立っていた。
ちゃんと手を繋いで歩ける距離に、僕らはずっと傍に居たんだ。
幸せになるのに、権利なんていらなかったんだ。
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