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「先輩待って下さい!!」
僕はその身体を押し倒す勢いで、彼に飛びついた。
けれど、僕よりも大きくて鍛えられた身体はびくともせず、ただ抱きしめるだけになってしまった。
それでもいい。
この手が触れられる距離にいるのなら、まだ声は届くはずだ。
「ずっと、逃げてごめんなさい。僕は弱くて、臆病だったから……先輩の手を掴むのが怖かった。傷つくのが嫌だったんです」
「窪塚……」
「……先輩、話し合いましょう。ちゃんと、今度は向き合うから」
その身体を、骨が軋むくらい強く抱きしめた。
本当は脆くて、今にも崩れてしまいそうな危うさのあるこの人を繋ぎとめるように。
「……こいつらが居たら何も変わらない。お前は幸せになれないだろ……」
「僕の幸せは、先輩の隣にいる事です。だから、」
だから、傍に居て下さい。
そう最後まで言う間もなく、先輩は僕の身体を突き飛ばした。
身体が床を滑って、部屋の壁に身体が激突する。
背骨が軋んで、殴られたような痛みが全身を駆け巡った。腕が切れて血が滲みだす。傷口が熱い。
拒絶されたのかと思い、先輩の方を見れば、僕がたった今居たその場所に、剣が突き刺さっていた。
「小春は……絶対に殺させないッ……!!」
血走った目が、先輩を睨み付ける。
雫さんは床から剣を引き抜くと、その剣尖を先輩に向けた。
切断された腕から滴る血は止まる事はなく、彼女の白く美しい肌を汚していく。
もう立っているのだってやっとの状態なのに、それでも小春の前から離れようとはしなかった。
掴んだ腕に力が入らないのか、剣が彼女の手から零れ落ちてもまだ諦めず、その汚れた指で宙に文字を書き始めた。
先輩は、そんな雫さんに向かってまた刀を振り上げた。
もう殺す以外の選択肢がないとでも言うように、悲痛な表情で。
「先輩ダメです……!やめて下さい!!」
それでも、僕の声はまだ届いている。
彼の身体がびくりと震え、その目が彼女ではなく僕の姿を捉える。
泣きそうな顔が痛々しい。今すぐ抱きしめて名前を呼んで、大丈夫だって言ってあげなくちゃ。
先輩が戻れなくなる前に。
痛む身体を叱咤して、必死に立ち上がる。
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