記録の彼方に夢を見る

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短命を享受し、その寿命を終えてしまった友や親戚のデータを引き出して、バーチャルリアリティの世界で故人を悼みつつも懐かしむのだ。 生きていた頃と変わらぬ感覚を再現しながら、その思い出をなぞり親しむ。 僕はお爺ちゃん子だったから、お盆になると祖父のデータを引き出して思い出を楽しむ事がここ数年の間続いていた。 祖父は珍しく長寿で齢七十を超えて存命した人だったけど、その最後は痴呆症によって混濁した記憶と幼児化した行動、繰り返される徘徊行為で周りの人を振り回した。 僕はアルバムチップの中からそれ等の思い出は引き出さない。 もっと幼い頃、一緒に夏祭りを楽しんだ時期やプールで遊んだ思い出を取り出して一日を過ごす。 褪せない記憶に導かれ、疑似世界の中で僕の体は幼い子供になる。 そうしてたくましい腕をした祖父に手を引かれて遊びに繰り出して行く。 潮風と陽射しに焼かれた祖父の肌は赤銅色で、それ自体が一つの生物の様に強靭な力を持ち、更には祖父の中に蓄えられた経験が驚く程に豊富な知識と知恵を持って僕を飽く事なく楽しませ続ける。 「今年は、一日一緒には居ないかも知れないね」 同じ様に作業の手を止めて答えると同僚は不思議そうに首を傾げた。
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